「…すご…」

ルークの提案で、ファブレ邸大広間にて開かれたパーティーは人数で言うとささやかなものだったが、私に用意されたドレス、食事、装飾、何から何まで豪勢だった。城から来てくれたナタリアもいつもより派手なドレスを着て、カクテルのような鮮やかなジュース…のような液体が入ったグラスを手にお偉いさんと談笑していた。私はというと、食べる物は食べてしまって、さっきから始まったダンスも参加せず隅で固まっている。主役がこうでは何のためのパーティーか分からないが、皆が各々楽しんでいるようなので良しとした。
ふと眠気が襲ってきた。この世界は酒の規制が無いのか、そもそもアルコールというものがあるのか分からないが、私が飲んだ飲み物に僅かにアルコールに似たものが入っていたらしい。未成年の飲酒ダメ絶対。少し酔ってしまったのだろうか、うとうとと船を漕いでいたら、急に「おいっ」と話し掛けられ異様に驚いてしまった。

「わふっ!」

「うおっ」

私の反応に驚き返した声の主は、どうやらルークらしい。らしい、というのは理由があって、今のルークは窮屈そうなタキシード風の綺麗な服を着ていて、髪も緩く結って右肩に掛けて垂らしていて、別人で、元は良いだけあって、その、ちょっとかっこよくて別人みたいだからだ。あ、別人って二回言っちゃった。大事な事なので二度言いました。臍も出てない、やっぱりルークも貴族様なんだなぁと見惚れる。気付くと隣には燕尾服のガイが立っていて、こちらもなかなか別人だ。

「お前のために開いたパーティーだぞ。もっと楽しめっつーの」

「今は食休み中なんですぅ」

「ハッ、パーティーより食い気かよ」

口を開けばやっぱりルークはルークだった。イラッとくる反面少し安心。ガイは「せっかくマトモな服着せてやったのになぁ」と苦笑している。こんな風に育てたのはガイだ。お母さんしっかりしなさい。

「魅白、踊らないのかい?」

「ん…私踊り方わかんないから。まぁ、ガイがリードしてくれるならね!」

「お、おいおい…」

ガイに詰め寄ると同じ歩数分ガイは後退りした。この反応もあと一ヶ月で見られなくなるなんて、寂しい。

「おい、何で俺には言わねーんだよ」

背後でルークが拗ねた声で言う。そう言われてもルークがダンスなんて出来そうなイメージじゃない。絶対に足踏まれる。失敗したら私のせいにされるに決まってるし。ルークに対するそのイメージが顔にも出ていたのか、ルークは一瞬むっとしたかと思うと、すっと手を出し、若干引き攣った笑いを浮かべて私を誘った。

「お手をどうぞ。レディ」

「き…きもっ…」

ガイに助けを求めたが、ガイは笑って(行ってこいよ)と目で言うだけだった。その時かかっていた曲がキリの良いところで終わる。どうやら演奏者達が私達に気を効かせて止めたようだ。一応は主役の私とこの邸の一人息子とのダンスにみんなが注目している。けど私よそ者だし、ルークには婚約者が居るし。そ、そうだ、ナタリアが居るじゃないか!ナタリアと踊れよ!とナタリアを見たが、ナタリアも微笑んで今まで見た事無いくらいお上品なGOサインを出した。まさに四面楚歌。諦めた私は小声で「ちゃんとリードしてよ」とルークに伝えてからその手を取る。心臓がうるさく打ち鳴らされると同時に慣れないピンヒールに足がズキズキした。私達が踊るスペースまで行くのを見計らい、ゆっくりと曲が流れ始めた。ワルツ、って言うのだろうか、リズムに乗ってルークが私を引っ張る。少し強引にも思えたがルークなりに気を遣っているようで私も合わせるように頑張った。足を踏まないように、リードに乗る。

「ルーク、上手…」

「だろ」

そのうちに私もコツを掴んで、リードに頼らなくても踊れるくらいになった。曲も終わりに近付いたようで、ふと淋しさを覚える。ルークにもそれが伝わったのか眉を顰めた。

「あのさ、魅白」

「ルーク?…っ!」

「魅白?」

きた。どうしてこんな時に限って頭痛が来るんだろう。私の足が止まってしまう。ルークが私の肩を掴んだ。旋律が止み、代わりにざわめきが走る。会場の濃い匂いに吐き気すら覚えて、顔から血の気が引くのを感じた。

「魅白、どうしましたの!」

ナタリアやガイが駆け寄って来るのが見えたが、足が萎えてしゃがんでしまった。ルークに支えられなんとか倒れずに済んでいるが。せっかく私のために開いてもらったパーティーなのに、ぶち壊して申し訳ない。

「いつものやつか?」

「…うん」

「魅白、立てるか?一回、外に出ようぜ」

「…うん」

「ガイ、ルーク!魅白、大丈夫なのですか?」

「ナタリアは知らなかったか。彼女も頭痛持ちなんだよ。ルーク、魅白を頼むぞ。ここは俺達がなんとかするから」

「頼む」

ルークに支えられ、大広間を出た。酔っ払いの介抱みたい、と変に落ち着いて考えながら、薄暗い廊下から月光の差し込む中庭へ。ルークは私をベンチに座らせて、顔を覗き込む。

「大丈夫か?」

「うん…治まってきた。ごめん」

「なんでお前が謝るんだよ。仕方ねーだろ。自分じゃどうしようもねーんだしよ」

「ん…戻る?」

大広間はどうなっているのかと心配になった。変な空気になっていなければ良いが。

「いや、もうちっと待った方が良いんじゃねーの?ガイが何とかしてくれてるだろーし」

「そ…だね」

「それに、お前に言っときたい事もある」

ルークは私に背を向けたまま、真剣な声色でそう言った。くるりと振り返ったルークは月を背に逆光で表情が伺えない。

「あー…なんか直接言うのも…なんか、だせぇな」

「なにそれ」

一度咳ばらいし、ルークはゆっくりと、ときどき詰まりながら話し始めた。

「…ここが、俺達が最初に会った場所、だな」

そういえば、この中庭で稽古をしていたルークの上に私が落っこちて、それが私達の始まり。お互いの第一印象は得体の知れない奴だったっけ。

「なんか上手く言えねーけど、お前がうちにきて、お前は軟禁されてヤだったかもしんねーけど、俺は前から軟禁されてて、そこにお前が来て、つまんねー毎日が変わった。前みたいに一人で部屋に居る事も少なくなったし、お前意味わかんねぇけど面白いし、剣も強いし。だから、前に父上に言ったみたいに、お前と一緒に居て楽しかった。来月から会えなくなるけどよ、俺、お前の事、が…ガイみてぇに言うと、俺達ってさ…友達、だよな」

「はは、当たり前だよ!今更!」

「うわ…ハズい…んだよこれ…俺超だせぇ…!」

ルークは長いため息を吐き、せっかく綺麗にセットされた髪が乱れるのもお構いなしに、ぐしゃぐしゃと頭をかいた。確かにきまってて恥ずかしい台詞ではあったけど、私は確かに嬉しかった。言葉に出すのと出さないのとは、全然違う。関係は曖昧で、形の無いものだから、言葉にしないと不安なのは私もなんとなく分かる。ルークは記憶喪失になってからの友達はガイくらいだったろうから、きっとすごく悩んだんだと思う。そう、私はその言葉が嬉しかった。

「ルーク、ださくないよ!」

「あー、もう、黙れ…そろそろ戻るか」

「あ、私もルークに言いたいこと」

「は?」

これじゃ私もルークに今更って言えた立場じゃないけど、今なら言える。

「今日のルーク、それ似合ってるよ。か、か…っこいい」

青白い月明かりに照らされていても分かるほどルークは顔を赤くして、ふっと顔を逸らした。予想通りの反応だが、予想外なのは言った私も相当恥ずかしいことだ。耳が熱い。ルークだけ照れさせようと思ったのにとんだ失敗だ。

「お前、だって、その…似合ってるぜ。かっ、かか、わ、いい、んじゃねーの…」

「あ、ありがと…」

「…」

「…」

「…ぶっ」

「…えへ」

お互いに自爆し合ったところで、私達は吹き出した。トリップして来た異世界で出来た友達。ルークは我が儘で自己中で、たまに鬱陶しいと思う時もあったけど私の大切な友達。きっとルークは私を私として見てくれる。私は"真白の妹"じゃない、"魅白"だ。私は私、ルークはルーク。対当な関係。嬉しくて、急に幸せを感じて、私はルークに見えないように少しだけ、そっと泣いた。

101111

舞踏





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