「…い、たた…」

黒い雲がどんよりと空を隠す。それにつれて頭が締め付けられるような痛みに苛まれた。私は前から偏頭痛持ちだった。そしてこの世界に来てからは突発的な、しかも頭が割れるように痛く、吐き気を伴うものが多くなった。
以前あまりの痛みに医者を呼んで診てもらったのだが原因がまるで分からないのだ。
痛みのあまり廊下の壁にもたれかかり、壁紙に爪を立てる。白光騎士団が居れば部屋まで運んでもらうのだが、運悪く今は誰も居ない。

「う…うっ」

"………け……を…けよ……が片…れ…"

「おい魅白、大丈夫かよ?」

背後からルークの声がする。だがルークの物でない、何か別の声がする。聞いた事の無い男の声。その声が響く度に頭蓋骨を内側から叩かれるような激しい痛みが私を襲う。あまりの痛みにルークに返事もできなくて、そんな私を心配した様子のルークが私の肩を揺すった。医者の話によれば、ルークにも酷似した症状があるらしい。頭痛や幻聴は軟禁のためのストレスの可能性もあるそうだ。自分にも経験がある分、ルークはこれについては親身になって心配してくれる。

「おい…」

「ル…ク…っ」

ルークが触れた途端、声が止んで痛みが途切れた。まだ内蔵が落ち着かないような気分はするが、もう頭はなんともない。

「…大丈夫、治まったから」

心配そうに覗き込むルークに笑い掛ける。

「心配かけてごめん」

「ばっ…お前がそんなんだと俺が暇なんだよ!」

ルークって結構ツンデレなんだね。って言ったらきっともう心配してくれなくなるから言わない。
赤くなって頭をかくルークに指摘はせず、私は話を逸らした。

「そっか。お昼食べたらまた稽古でもする?」

「…する」





そう約束したのは良かったが、午後は生憎の雨だった。文句を垂れるルークを宥めて部屋でだべる。湿気で垂れる髪を鬱陶しげにしながらルークは文句を言った。

「だーもう、何で雨なんだよ!」

「仕方ないよ。預言にもあったみたいだし」

「つか俺の髪いじんな!うぜぇ!」

「ルークって髪の毛長いなぁ。あと色がニンジンみたい」

「に…!?」

「あとかわいい(色が)」

「かっ…!?」

指通りの良いルークの髪をいくらか手に取って三つ編みにする。さすが王位継承者、というくらい手入れの行き届いたにんじん色の髪はさらさらで、コシが強いが手触りは抜群だ。
むくれるルークの髪を散々弄り倒し、終いにはツインテールにしてしまった。携帯さえあれば激写しているところである。被害者にばれないように笑いを堪えていると、キィ…と遠慮がちに部屋の窓が開いた。そこを通って入って来るのはたった一人である。

「お、ルーク。ぶふっ、大分可愛くなったじゃねぇか」

「笑うな」

よっ、と軽やかに室内に入るガイ。速やかに窓を閉める彼の足元を見ると、小さな水溜まりが出来ていた。

「ガイびしょ濡れじゃん」

「さっき急に雨が強くなってよ…」

「ルーク、タオル無いの?」

「そこに掛けてあんだろ」

「ん。ガイ、拭いてあげ、」

「来るなぁぁああ!」

「あ、ごめん」

ガイの体質をすっかり忘れていた。悲鳴をあげるガイに謝りながらタオルを渡す。

「雨、って、嫌なんだろうな…」

ルークは、まるで自分は雨に濡れた事が無いとでも言うような口ぶりだった。部屋に閉じ込められているせいで雨に濡れる事も、本邸に行く時は自分で傘を差す事も無いのだろう。
ん?

「そういえばルークって、何で軟禁されてるの?」

「魅白!」

「え?」

ガイが咎めるように私を見た。私、もしかしなくても地雷踏んだかな。案の定ルークの眉間には深いシワが。部屋は一瞬静まり返り、外から聞こえる雨の音だけが響いている。


「七年前、俺は誘拐された」

「え…?」

「誘拐されて、そっから前の記憶も無くして。それからこの生活だ」

「…そう、なんだ」

私は知らなかった。いつも屋敷で大きな口を叩いて、俺様ルーク様な傍若無人でわがままで、甘やかされて良い生活してるじゃんとか思ってたけど、本当は辛い事があったんだ。

「ごめん…」

「…あーあー、お前のせいでシラケちまっただろ!」

「びゃああ、ごみぇんん」

ルークの手が伸びてきて、ぶにぶにと両頬を伸ばされた。
これからはルークともっと遊んであげよう。私がルークの上に落ちたのも、何かの縁かもしれない。


100713

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