「魅白、踏み込みが甘い!」

「はいッ!」

「ルーク、隙を作るな!」

「はい、師匠!」

この世界に来ておよそ一ヶ月と少し。元の世界に帰れる気配は無い。たまに来てくれるヴァン師匠からルークと一緒に剣術を習ったり、ガイに色々教えてもらったり、ごくたまーに来るナタリアと話したり、つまらない日々が続く。
ルークはこの生活を私よりずっと長くしていると言うのだからその点は尊敬してあげても良いかな。

「よし、ここまで」

『ありがとうございました!』

「うむ」

つまらない日々の中でヴァン師匠との稽古は格別だ。ヴァン師匠は強くて優しくて、私を理解してくれる。
ガイもそうだけど、私の立場を理解して不安を消してくれる人の一人。

「魅白、ここでの生活は慣れたか?」

「はい、大分」

「フォニック文字は書けるようになったのか?」

「完璧です!ガイに教わりました。へへ…」

偉いな、と大きな手が私の頭を撫でた。師匠が頭を撫でてくれる時が一番好きだったりする。
お父さんは武術は好きでも見た目は眼鏡でひ弱そうだったから、こんなお父さんかお兄ちゃんが欲しかった。

「師匠俺も俺も!」

「ルークも今日は頑張ったぞ。偉いな」

「わははー」

最後に髪をくしゃっとすると、ヴァン師匠の手が離れた。もう帰ってしまうのかな、と不安になる。ルークも同じように眉を下げた。私もルークもまるで犬だ。
ヴァン師匠のためならそれも良い。

「師匠ぇ…」

「またすぐに会える」

「はい…」

「ルーク」

「はい?」

「その服初めて見るな」

「…あ」

ヴァン師匠が指摘したのはルークの服の事だ。
いつもの稽古の時は稽古用の繋ぎに着替えるのだが、今日は動き易めの普段着だ。着ているのは黒いシャツに大きく切れ目が入り大きなボタンのついた白い上着、どちらも臍が出ていて半袖。ズボンは裾がたっぷりとしていて、歩けば踵が擦れる。明らかに子爵らしからぬ格好だ。
実は数日前新調したのだが先日、公爵や城の重役達に「品の無い格好だ」と叱られたらしい。ルークに愚痴られたので知っている。
それをなぜ今日も着ているのかと言うと、きっとヴァン師匠に見てもらうためだろう。さてヴァン師匠は何と言うか、私もガイも師匠の次の言葉を待った。ルークの鮮やかな緑の瞳が落ち着き無く動く。

「動き易そうで、良い服装だ。白は私も好きだぞ」

「ほ、本当ですか…!」

「だが、腹は冷やすなよ」

「は、はい!」

誰からも叱られたルークの格好をそんな目で見るなんて!と私は少し感動した。ルークも嬉しそうに笑っている。やっぱり師匠は違う。師匠は人を立場や世間体でなく、個人として見てくれる。認めてくれる。ルークは勿論、私も師匠が大好きだった。





「へへ…俺、これからこの服にする」

「良かったね」

ヴァン師匠を玄関で見送ってなおにやにやしているルークを小突く。それでも怒らずにデレデレしているところを見るとよほど嬉しかったらしい。私たちはその後自然とルークの部屋に集まった。

「そういえば謡将、最後に魅白に何か言ってたけど、何だったんだ?」

ガイが言っているのは今日別れ際にされた耳打ちの事だ。

「マジ!?お前っ、ずりーぞ!」

「あ、その事ガイに聞きたかったんだ。私、第七音素?の才能があるらしくてさ。第七音素の扱いも今度教えようーって。第七音素って何?」

「お前、第七譜術士だったのか!?第七音素は新種の音素で、扱える奴は少数なんだぜ」

「おい、俺を置いて話すんな!」

「俺は第七譜術士じゃないからなぁ…ナタリア王女に聞いてみたらどうだ?あの人も第七音素扱えるからさ」

「ありがとう、ガイ」

「おいってば!」



100710

稽古





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