聖獣チーグルの住んでいるという森は木々が生い茂る豊かな緑の森だった。すぅ、と大きく息を吸う。うん、空気が美味しい気がする。ティアも静かな森の空気を味わっているようだ。ルークはというと、じっと立ち尽くして林の向こうを見ている。少ししてやや荒い声で「おい」と私達を呼んだ。何だろうと私も耳を澄ませれば、近くで喧騒が聞こえた。

「なぁ、あれイオンって奴じゃないか?」

「あ、ってわあ!危ない!」

見れば、エンゲーブで見た少年が地面に手をつき、魔物に囲まれている。私の隣を擦り抜けてティアが走って行った。「イオン様!」私もこうしてはいられない。しかしあと数歩、という所で魔物が動いた。間に合わない!思わず目をつむったが、明らかに日光のものではない強烈な光が瞼越しに眼球を照らした。眩しい!瞼がちかちかする。光が収まってから怖ず怖ずと目を開くとそこに魔物の姿は無く、イオン様が倒れているだけだった。ティアが駆け寄る。しかし、それよりも早くルークがその場に走り寄ってイオン様を抱き起こした。外に出てから我が儘だらけだったけどここに来てやっと、意外と良いとこあるね、ルーク。

「おい」

「大丈夫です…少し、ダアト式譜術を使いすぎただけですから…」

気丈に振る舞って見せているが、どう見ても顔色が悪い。ルークに立ち上がらせてもらいながら、私達の顔を見てイオン様はアッと声を漏らした。

「あなた方は昨日エンゲーブで…」

「ルークだ」

「ルーク…古代イスパニア語で《聖なる焔の光》という意味ですね。良い名前です」

ルークの顔がばっと赤くなった。おいおい、導師は男の子だぞ。なーんて。褒めたら褒めたでここまで照れるのかルーク。
イオン様がこちらを向いたので私も慌てて自己紹介。

「えっと、魅白です」

「魅白…貴方もキムラスカの方ですか?」

「いえ、あの、話すと長くなるんですけど、キムラスカ人です、多分、一応」

本当は日本人です。なんて言っても通じないだろうな。はぁ。イオン様は私ににっこりと微笑んでからティアを振り返った。ティアは少し気まずいような顔をしてから、恭しく礼をした。イオン様はローレライ教団のトップだから、神托の盾の兵士であるティアは余計緊張しているのかもしれない。

「私は神托の盾騎士団モース大詠師旗下、情報部第一小隊所属、ティア・グランツ響長であります」

長い肩書に私は目を点にしてルークと立ち尽くす。イオン様は優しい声色でティアに相槌を打った。

「あなたがヴァンの妹ですか。噂は聞いていましたがお会いするのは初めてですね」

ティアはこくりと頷く。ヴァン師匠の妹かぁ、そういえば髪の色とか目の色は似てるかもしれ…ん?…妹?

「ヴァン師匠の妹!?」

まるで打ち合わせでもしたかのように私とルークの声が絶妙にハーモニーを奏で森に響いた。ヴァン師匠の妹なのに、兄を殺そうとしてた、って何だか家庭が荒れているような?私はそんな疑問を考えているうちにもルークは直球でティアに尋ねた。

「じゃあ、殺すとかのあれはなんだったんだ!」

「あああ馬鹿ルーク!」

「殺す…?」

イオン様の頭に?が浮かぶ。そんな複雑な家庭の事情をイオン様に聞かせる訳にはいかない。ティアも慌てて「いえ、こちらの話です」とごまかす。それでも追及したがるルークの背後を、唐突にイオン様が指差した。

「チーグルです!」











青緑色の小さな生き物、チーグル族のミュウを先頭に、木の根本から続く洞穴を下りて行った。あの後チーグルの巣にたどり着いた私達は、チーグル族からチーグル族が置かれている状況と危険を知った。そして私達は成り行きで(イオン様の手前で断れない事もあり)ライガというモンスターを退治しに行く事になったのだが、ライガは肉食だと言うじゃないか。正直怖い。いくら可愛いチーグルの頼みでも…と私は少し気が引けていた。
ミュウが小声で、洞穴の中でも広くホールのようになった場所を指差した。

「あそこですの」

気付かれないように小さな声だ。私達も忍び足で穴の入口に近付く。そっと中を覗けば、そこには大きなトラのようなモンスターが眠っていた。

「…大きい」

第一印象が私の口をついて出る。

「あれは女王よ」

「女王?」

「ライガは巨大な雌を中心とした集団で生きる魔物なの」

「蟻みたい…」

「魅白…気が抜けるような事言うなよ」

ルークがべし、と私の肩を叩いた。

「ミュウ、ライガ・クイーンと話をしてください」

ソーサラーリングを持つミュウが私達とライガの仲介役になる。分かっていた事だが、小さなミュウが巨大なライガに近付く様子は見ていて冷や汗が流れそうだ。
近付くミュウに気づき、ライガがぬっと身体を起こす。大きい。ミュウはそれに気圧されながらも、必死に語り掛けた。

「みゅうみゅうみゅう、みゅうみゅみゅーう」

何を言っているのかは分からないがミュウはきっとライガ・クイーンに立ち去るように言ったのだろう。私達は緊張したままライガの返事を待った。すると、ライガは大きく口を開け、私達に向かって立派な咆哮を上げた。

「きゃっ!」

「魅白、大丈夫?」

「みゅっ」

「大丈夫ですか!?」

よろける私に、転がるミュウ。ミュウにはイオン様が。私にはティアが駆け寄って来てくれた。吠えただけでこれって、ライガは一体どれ程強いんだろう。

「ブタザル!あいつ、なんて言ってんだ!」

ルークがミュウに尋ねる。

「た、卵が孵化するところだから、来るな…と言ってますの…僕がライガさんたちのお家を火事にしちゃったから、女王様すごく怒ってますの…」

「た…卵?」

「ライガって卵生なのかよ!」

「ミュウも卵から生まれたですの」

魔物は卵から生まれる事が多い、と語るミュウ。そうなんだーと感心している暇も無く、ティアが今の状況の深刻さを言った。

「ライガの仔は人を好むの」

「じゃあ、卵が孵ればエンゲーブは…?」

「襲われるわね…」

「そんな!」

「ミュウ」

イオン様が再びミュウにライガとの交渉を頼む。ミュウは真摯に頷き、もう一度ライガ・クイーンと向き合った。どうか円く収まって欲しい。きっと皆がそう思っただろう。
しかし、返って来たのはやはり咆哮だった。しかも今度は天井がびりびりと振動する程大きい。ミュウの上に落ちて来る木の破片をルークが剣で払う、その抜刀が戦いの合図だった。

「ボクたちを殺して孵化した仔供の餌にすると言ってるですの!」

「チッ、冗談じゃねぇぞ!」

「嘘でしょ…!」

「来るわ!導師イオン、ミュウと一緒にお下がり下さい」

ティアが杖を構え、私達は戦いの体勢に入った。ライガがまた大きく咆哮した。



101219


咆哮





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