「泥棒め!」

この状況はお世辞にもよろしいとは言えない。

要約すると、私達は辻馬車を乗り間違えたのであった。と一言で終らせる訳にはいかないので、今までの経過をさらっとおさらいしよう。

まず馬車に乗っていると軍と盗賊がドンパチやっている所に遭遇するわやたら良い声で「道を空けなさい!」とか言われるわ、散々だなぁと思いながら辻馬車の御者と話していると、なんとここはキムラスカ王国でなくマルクト帝国のマルクト領だったのだ。慌ててマルクト人のふりをしたまでは良かったけど、馬車を乗り間違えた私達は最寄りの村で下ろしてもらう事にした。
ティアのペンダント、悪い事しちゃった、な…。
着いたのはエンゲーブという農村。どうやらド田舎のようだが、長閑で良い村だった。ブウサギっていうのも可愛いし、郷土料理も美味しそうだし文句ない!今日はこのまま田舎に泊まろう!
そう、その筈だった。ルークが無知でなければ。ルークがりんごをタダ食いしたばっかりに私達(ティアを除く)は最近村で頻発しているらしい事件の犯人にまでされてしまう。このままではベッドは牢屋の中という事も考えられる。

私達(ティアを除く。大事な事なので二度言いました)は農作業で鍛えられたガタイの良い男の人達に両脇を抱えられ、大きな家の中に押し込まれた。

「ローズさん!こいつ漆黒の翼かもしれねぇ!きっとこのところ頻繁に続いている食糧泥棒もこいつの仕業だ!」

「軍のお偉いさんが来てるならちょうどいい!」

「そうだ!逮捕だ!」

「っ、だあー!俺は泥棒なんかじゃねぇ!こちとら食いもんに困るような生活は送ってねぇんだよ!」

ルークが隣でぎゃんぎゃん喚く。私は押し込まれた時床に顔面を強打し、そのまま沈んでいた。私もうお嫁に行けない。周りで何やかんやとやっているが、私は立ち上がる気力も無かった。

ふと誰かが私の前に立ち、影を落とす。誰かの手が、髪をさらりと撫でた。大きな手だが女性的に優しく、一撫で、二撫で。顔を上げるとそこには肩より下まで伸びたブロンドの髪に、縁の無い眼鏡越しに見えるのは切れ長の目、しかも瞳は真っ赤。長い睫毛に縁取られたそれに一瞬女性かと疑うが、通った鼻筋や薄い唇、細い輪郭など、全体的に見れば端正な顔立ちで、所々に男性らしさを感じる。ひざまずいて私の髪を撫でていたその人は私に手を差し出した。掴まれ、という事だろうか。私はゆっくりその手を掴み起き上がる。

「…はじめまして」

品の良いハスキーボイスで、男性だと確信。そして意味深な含みを持って発せられた言葉。私は「は、はぁ」と返す事しかできなかった。不思議な雰囲気の人だ。全てを見透かしているような。彼は呆気に取られたルークを一瞥すると、

「マルクト帝国軍第三師団所属ジェイド・カーティスです」

と穏やかに言った。そしてルークに向かって「あなたは?」と続ける。あ、やばい。

「ルークだ。ルーク・フォn」

相変わらずルークは分かってない!ここが敵国だとついさっきまでぴりぴりしていたくせに、呑気に名乗るなんて。しかしそこは流石ティア。ルークの所まで飛んできて、ルークに小声で釘を刺している。まさに保護者。

「どうかしましたか?」

カーティス大佐は微笑んだまま、しかし目は笑っていない。

「失礼しました、カーティス大佐。彼はルーク。彼女は魅白。私はティアと申します。ケセドニアへ行く途中でしたが辻馬車を乗り間違えてここまで来ました」

「おや、では貴女も漆黒の翼と疑われている彼らの仲間ですか?」

「私たちは漆黒の翼ではありません」

本物の漆黒の翼はマルクト軍がローテルロー橋の向こうへ追い詰めていたはずですが、とティアが言う。どうやらその時のマルクト軍の戦艦にカーティス大佐も乗っていたようで(さっきから聞いたような声だとは思っていたが、カーティス大佐があの良い声の主らしい)村人の私達への誤解は解けた。全く、漆黒の翼ってのも迷惑な奴ら!
と思ったのもつかの間、間髪入れずに別の村人が叫ぶ。

「けどよ、それはこいつらが漆黒の翼じゃないってだけだ!食糧泥棒じゃないって証拠にはならねぇ!」

うっ、とティアと私は青ざめる。

「なんだとっ!」

ルークはまたも憤慨し、声を荒げた。

「いえ、彼らの仕業ではないと思いますよ」

再び騒然となりかけた空気は、その人物の登場に静まり返る。まだ幼さが残っているが、何かを心得たような穏やかな声が後ろから響いた。村人達が空けた道を通って家に入って来たのは、深い緑色の髪の少年。つぶらな目は髪と同じ色で、淡い緑の模様が入った白いワンピースのような服を着ている。可愛い。素直にそう思った。

「気になって倉庫を調べてみたんです。そしたら、こんなものが落ちていましたよ」
「イオン様」

イオンって、あの神托の盾の導師イオン!?行方不明になったんじゃないの?私と同様、ティアが目をまるくして驚いている。彼が拳を開いて見せたのは、青緑色の毛束だった。チーグルという動物の毛らしい。
私たち今度こそ助かった、のかも。







あれから導師イオンらしき少年によって私達の潔白は完全に証明され、お詫びとしてなんと無料で宿に泊まる事が出来た。私もティアも終わり良ければ全て良し、といった感じでその宿で装備や回復剤を買い揃えて眠りに就く。翌朝になっても、未だ腹の虫が収まっていないのは果たしてルークだけらしい。

「やっぱ納得いかねぇ」

「ルーク、まだ言ってるの?」

ルークはまるでふて腐れた子供のように、腰にさした真新しい真剣を弄りながらぶつぶつ言っている。

「もう良いじゃんルーク、ここのご飯おいしかったし」

「お前、やっぱり食い気しかねぇな。太るぞ」

「え?よく聞こえなかったからもう一回言ってみて」

「悪かった」

刃の付いた剣って初めてなんだよね。だから試し切りしたいなぁ、とルークに刀身を見せるとルークはすでに頭を下げていた。聞いていたティアも慌てて私とルークの間に入って来たので私は仕方なくティアに免じて許してあげる事にする。

「決めた」

ルークが頭を上げる。

「あのチーグルってのを捕まえて、ここの田舎モン共に突き出してやる!」

どうしてそうなった。ルークはチーグル達が住んでいる森の場所を確認するやいなやずんずんと進んで行く。頼りになるのはティアだけだ、と振り返るが

「…好きにしたら?」

とティアもルークの後を渋々ついて行った。

「えー…ティアまで…」

「好きなようにさせて、自分で学ばなければいけない事もあるはずよ」

「放任主義だし…わぶっ!」

と、私も村の外に向かって歩き出した矢先、誰かと盛大にぶつかってしまった。相手は小柄な子供のようで、私とぶつかった衝撃で尻餅をついている。

「あたた…」

「ご、ごめん大丈夫?」

「はい、大丈夫で…ああっ!」

私がぶつかった女の子は、長い黒髪を跳ねるようなツインテールに結び、健康的な褐色の肌につぶらな瞳、女の子らしい、可愛いらしい感じの子だ。その子は円い目をさらに円くして私を驚いたように見ると、どうしてここに!と叫んだ。

「真白、タルタロスで待ってるって…」

少女の口から出た名前に今度は私がびっくりする番だった。

「…お姉ちゃんの事知ってるの?」

「ん?お姉ちゃん?…はわわ!人違いでしたぁ〜ごめんなさぁい!」

少女はばっと走り出し、村の中へ入って行く。そのあまりの早さに呆気にとられた私はその場に立ち尽くすしかなかった。

「あ、待って!」

「…魅白、今アイツ真白って」

「うん…私のお姉ちゃん。…来てるのかな、こっちに」



101113


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