鳴り響く携帯の目覚まし音に、私は重い瞼を開いた。部屋も空もまだ暗い。携帯を開けば眩しい光が私の目を刺した。三時半。夜中といってもいい時間帯だ。
私は欠伸を噛み殺し、ベッドを抜け出した。
どうしてこんな夜中に起きなければいけないのかというと、臨也さんに起こしてと言われたからだ。
彼の仕事は忙しい。今日ほどではないが、早朝から出かけたり、帰宅するのは日付がからというのも珍しくない。
当の本人はまだ寝ているのか家の中は静まり返っている。
一応ノックをしてから臨也さんの部屋に入った。初めて入った臨也さんの寝室。
薄暗い中、ベッドサイドのランプだけを頼りに近付く。ベッドの膨らみを軽く揺すって話し掛けた。
「臨也さん、起きてください。臨也さん、時間ですよ」
「んん……」
もぞ、と動くかけ布団。
「……今何時?」
「えっと、三時三十二分です」
臨也さんに軽い食事を食べさせて、私は彼を玄関まで見送った。私がうっかり欠伸をすると、彼も笑って欠伸をした。
「起こしてごめんね。ありがとう」
「いいんですよ」
「助かったよ。これはご褒美」
そう言うなり臨也さんは私の顎を掴み、私の頬に臨也さんの唇を押し付けた。ちゅ、というリップ音と共に彼に触れられた箇所がじんわり熱を持つ。
「帰りは遅くなると思うから、食事はいいや。じゃあね」
頬に触れて固まる私をよそに、臨也さんはひらりと手を振って闇の中に消えて行った。
「……波江さん」
「なに?」
昼ごろ、仕事の書類を取りに来たらしい波江さんにコーヒーを出しながら、私は今朝の事を考えていた。あの後一度寝て、あれは夢だったのではと思ったりもしたが、臨也さんはやはり部屋に居なかった。
「波江さんは……仕事をしたりして、臨也さんにキスされたり、します?」
「冗談じゃないわ」
虫酸が走る、とまで彼女はさらりと言ってのけた。
弟さんの事が好きらしい(臨也さん談)波江さん。あんなに整った顔をした臨也さんでもやはり受け付けないのだろうか。
いや、臨也さんだからという部分もあるだろうが。
彼女はコーヒーを啜ってから怪訝そうにこちらを見た。
「貴女、報酬にキスでもされたの?」
「えっ、いや、ほっぺたですよほっぺた」
私がそう言うと、波江さんは綺麗な眉を顰めた。
「何考えてるか分かったもんじゃないわね、あの男……」
「……」
「別に色恋沙汰には興味無いけど、仕事に支障のないようにしてちょうだい」
それは私じゃなくて臨也さんに言うべきじゃなかろうか……そう思いながらも、私は苦笑いを浮かべて頷いた。
私は臨也さんが好き、なのだろうか。そんなに付き合いも長くない、数週間といったところなのに。
臨也さんが綺麗だから、優しいから、お金持ちだから。どれも魅力的だ。でも、違う。私は臨也さんのどこに惹かれているんだろう。
もしかするとあの時、臨也さんはいつものように冗談のつもりだったのかもしれない。そう考えると切なくて、苦しくなって、ため息が出た。
きっと、あれだけ完璧な臨也さんは選ぶ側の人間だ。私は彼に選ばれるだけの人間だろうか?
ぎゅ、と胸が締め付けられるのを感じた。
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