『臨也に何かされてないか?嫌がらせとか、セクハラとか』
「別に、大丈夫だよ。臨也さん優しいよ?」
『そうか……?何か危ない目に遭いそうになったらすぐ連絡しろ』
「わかってるって。それに大丈夫」
夕食の買い出しの帰り、同じく仕事の帰りだったセルティとばったり出くわした。人通りも少なく、ゆっくり話ができそうだったが、相変わらずセルティは心配してばかりいた。
そんなに臨也さんが悪い人なのか、まだ会って間もない私は何も言うことはできない。ただ、彼が少し変わっているということ、そしてよく喋るという事は分かっている。
「あと、私の料理も"おいしい"ってよく言ってくれるし」
そう言うとセルティがぴくりとした。ああ、セルティも新羅に料理を作ってあげたいんだ。昔はよく一緒にお菓子とか作ったっけ。
材料を切ったり量ったりするのはともかく、味覚の必要な味付けをセルティに任せると悲惨な事になったなぁ、と思い出した。
セルティに「また一緒に何か作ろうね」と約束してから私達は別れた。
好きな人に手料理を食べてもらって、おいしいと言ってもらえるのは嬉しいものだろう。
と言っても今私に特定の異性は居ないし、臨也さんに作る食事は仕事のうちだ。彼も「おいしい」と言ってくれるけど。
「おかえり」
「あっ臨也さん、早いですね。ただいま」
私より先に帰っていたらしい臨也さん。ひょこ、と玄関に顔をのぞかせた。靴を見ると…波江さんは帰ってしまったらしい。近頃どうも彼女の帰りが早かった。女同士、もっと話がしたいのに、と思う。
「今日の夕食は、なに?」
臨也さんが私の手の中の買い物袋を見て言う。
「えっと肉じゃがとほうれん草のおひたしと……」
「うん、いいね」
「嫌いなものない?」
臨也さんはきゅ、と目を細めて笑った。
「全部スキ」
夕食の片付けをしていると、それまでパソコンに付きっきりだったはずの臨也さんがふいにこちらにやってきた。
「ねえ」
「はい」
「かなえってさ、今までどこに住んでたの」
「池袋ですよ。安いマンション借りてました」
「ご両親は?」
ぴく、と思わずコップを持った手が揺れる。
「居ませんよ」
「そう」
それだけ言うと、臨也さんは質問を止めた。追及するべきでないと踏んだか、それとも既に全て知っているのか。
別に、そこまで嫌な質問じゃない。両親の事は聞かれ慣れている。
「あ、明日俺早くに出なきゃいけないから、起こしてよ」
「何時くらいですか?」
「四時」
「よ……!?私も朝弱いんで起きられなくても知りませんよ」
「大丈夫大丈夫」
君は起きるよ。
そう確証の無い事を言って、臨也さんは二階に上がって行った。
本当に、同棲をしているみたいだ。実際はただの同居で、彼と私は雇い主と使用人という間柄で、でも臨也さんは優しくしてくれる。
私はなんだかそれを苦しく感じていた。
110801