いちゃついてるだけ



鍵盤の上を踊るように長い指が駆け回る。拓人の横顔をぼうっと眺めながら、見惚れながら私はその旋律に耳を傾けた。

「…深緒、退屈じゃないか?」

不意に拓人が指を止め、旋律が途絶える。しんとした室内、ざわ、と代わりに庭の木が騒ぐ。

「べつに?」
「せっかく来てもらったのに、ああ、紅茶のおかわりを呼ぼうか?それとも、何か食べるか?」
「いいよ」
「悪いな、俺、ゲームとか漫画とか持ってないから…退屈だろ?」
「そんなことないよ」

二人でデート、といっても殆どの場所は網羅し、特に行く場所が思い付かない私達。結局、拓人の家に行く事になった。お互い緊張で気まずい空気を和ませるように拓人がピアノの蓋を開いた。
退屈だろ、と言われても、私は拓人がピアノを弾いている姿を見るのが好きだったりする。

「そうだ、トランプでもするか?」
「でも二人じゃあんまり出来ないよ」
「じゃあ…どうするんだ」

拓人が困った顔をして楽譜を束ね、ピアノの蓋を下ろす。
私は黙って、ソファの私が座っている隣をぽんぽんと叩いた。拓人のそばに居たい。
拓人がやれやれと私の隣に腰掛ける。

「…これでいいか」
「うん」
「こんなので充分なのか」
「うん」

拓人のふわふわとした髪を指に絡める。上品な香りがした。次に指の腹で拓人の頬を撫でれば、拓人は猫のように気持ちよさ気に目を細めた。

「深緒」

拓人が私の顎を掬い、顔の角度を変えると軽いキスを唇に落とした。

「奏でてやろうか?」
「…ふふっ、キザなやつー…」
「お前がそうさせたんだろ」

まだ陽は高いっていうのに。



110622