今も昔も貴女の虜



オレンジ色の分厚い皮に爪が食い込む。小気味良い音を立てて蜜柑の果肉が顔を覗かせた。
じわじわと感じる新年の予感。

「年末って感じだわ」

「どんな感じだよ」

「年の瀬って感じ」

ふーん、とつまらなそうに炬燵を挟んで私の正面に座る晴矢は私の手の中から蜜柑を一房奪い取った。それを口内にほうり込む。ああ、酸っぱそうな顔。私から向かって右隣に座るヒロトも「ちょうだい」と手を差し出して来た。はい、と白い手の平に蜜柑を乗せる。左隣の風介は蜜柑には目もくれず、ただ黙々とアイスを食べている。

「年末年始ってあんまり面白いテレビ無いなぁ…」

「特番ばっかりだからだね」

「深緒、私の領域を侵すな」

「いてぇって俺の足蹴るなよ風介」

炬燵で激しい領土争いが繰り広げられる中、ここリビングに置かれたテレビが言うにはついに今年も後一時間しか無いらしい。こんなくだらない年越しは嫌だなぁとぼんやり考えていると、遠くの方から鐘の音が聞こえた。

「あ…除夜の鐘だ」

「ほう、知っているのか深緒」

「風介私の事嫌いなの?」

「好きだが」

「ありがとう」

風介がお詫びにと差し出すアイス(食べかけ)をやんわり断り、蜜柑を食べる。ヒロトが「あ」と声を出して手を叩いた。さも何か閃いたとでも言うように。

「初詣行こうか」

「ハァー?」

晴矢が物凄い剣幕でヒロトを睨む。ヒロトはそんな視線を無視して蜜柑色のダウンジャケットを着込み始めた。風介は薄着のままだが財布を持って立ち上がる。

「私は賛成だ。アイスが足りない。買い出しに行こう」

「うわーマジかよ。おいヒロト、風介、そりゃ正気の沙汰じゃねぇぞ。今何時だと思ってんだ」

「11時過ぎ。ほら、早くしないと神社に着くまでに年越しちゃうよ。深緒も早く」

「えー…」

炬燵に潜って隠れていた私もヒロトと風介によりずるずると引き上げられる。晴矢が私の足を掴んで助けようとしてくれたが敢え無く失敗。風介にダッフルコートを手渡され、ヒロトに「好きな物買ってあげるから」と囁かれ渋々行く事にした。残る晴矢はヒロトにより体中にカイロを貼り付けられてようやく炬燵から出た。

玄関で押し合いへし合いながら家を出る。真っ暗な空に向かって息を吐き出すと白くなって消えていった。そういえば風介はロンT一枚だ。これこそ正気の沙汰ではない。逆に晴矢は着込みすぎて心なしか丸々としているような。ヒロトはそんな二人を見てから、私に「ふふっ」と笑い掛けた。

「じゃあ、行こうか」

夜遅いにも関わらず、人影はちらほら見受けられる。私は世間一般基準で言えばイケメン達三人(それぞれクセが強いが)に囲まれて近くの神社を目指した。この面子で歩くのはまあ、慣れたが。

「今年は色々あったね」

「俺達四人で暮らし始めた時はどうなる事かと思ったけどな」

「私は今でもどうなる事かと思っているが」

「でも、賑やかだし私は満更でも無い…あ、やっぱり訂正」

三人の色鮮やかな目が一気に私に集まったので、私はその三つからサッと目を逸らした。変な事を言っては下らない争いになりかねない。いつだったろうか、私のファーストキスを巡って家の中で小さなFFが開かれたのは。

「ふふ…じゃあ深緒の今年最後のキスは誰になるのかな?」

ヒロトのグリーンの瞳が悪戯っぽく光る。

「えっ…」

「風介、お前昨日深緒の部屋行ってたろ」

「では私が深緒にとって、さしずめキス収めという事だな」

確かに昨日は風介が夜、部屋に来て…その後は言わずもがなだったのだが。風介が挑発的に笑う。ギラギラとあからさまに嫉妬心を燃やす晴矢。ひくひくと笑顔が引き攣るヒロト。しかし大事な事なので言っておくが私達は今初詣に向かっているのだ。四人仲良く。どれだけ平和な四角関係なんだ。そして考えてみれば薄過ぎる私の貞操観念。
でも、三人共好きだから、選べと言われても選べない。欲張ったって良いんじゃないか。皆幸せなら、それで。

「なぁに考えてるの、深緒」

「俺達が今真剣勝負してんのによ」

「ああ、ごめんごめん」

「今から深緒に今年最後のキスをするのが誰か、我々はサッカーで勝負をする」

風介がどこから取り出したのか分からないが、その手にはサッカーボール。そして運が良いのか悪いのか近くには公園。

「え、ちょ、ま」

「流星ブレード!」
初詣はどうなったの、と問い掛けた声は爆音に掻き消された。

勝負の結果、晴矢が今年最後のキスをする事になったのだが、その数分後に「今年最初のキスをするのは誰か」を決める戦いが始まる。

来年もこんな風に四人で楽しく過ごせますように。


101231