それでも俺は被害者だ


うちのチャイムは控えめで、リビングに居る人間にすら聞こえるかどうか怪しい。何度かチャイムのボタンを押し、返事が無いのに仕方なく雑多とした鞄の中から鍵を取り出した。赤いペンギンのついた鍵を捻る。ガチャ、と重い音を立てて鍵が外れた。

「じろー…」

部屋は暗い。どうやらもう寝てしまっているようだ。可愛いげの無い子。姉が弟のために汗水流して働いて来たというのに、弟はもうグースカ眠っているなんて。
私は靴を脱ぎ、ストッキングを洗濯物入れの籠に放り込んでから寝室へ向かった。足音を殺して部屋に入れば、そこにはベッドに大きな膨らみが一つ。そこね!と私は助走をつけ、ベッドに飛び込んだ。

「こらぁ次郎!姉ちゃん帰るまで寝ちゃ駄目って言ったでしょ!」

布団ごしにこちょこちょと脇を擽り、次郎の反応を伺う。布団の中身はじたばたと暴れ、私を振り落とそうと必死なようだ。今日はまた派手に暴れているが、佐久間深緒、この程度で引き下がる女じゃない。

「次郎!今日という今日は泣くまで擽ってあげるわ!姉ちゃんに泣いて謝りなさい!」

「うっ、あっ、あはははっはは、や、やめ、ははははっ!」

「あれ、次郎声変わりした?」

心なしか、いつもより声が低いような…。びく、と震える布団の中の生き物。その顔を拝んでやろうと、布団をめくると想像したソーダ色の長髪…ではなく、茶色のくせ毛だった。薄暗い室内で視線がぶつかる。

「わあっ!」

「源田君?」

「ち、違うんです深緒さん、佐久間はリビングのソファで寝てて、俺は今日泊まらせてもらってて、それで…」

源田君はあたふたと身振り手振りをしながら必死に言い訳まがいな事を言いはじめた。源田君はうちの次郎とは違っていい子だから泊まるのは全然構わない。謝らなければいけないのは私の方だ。知らなかったとはいえ、あんなに擽ってしまった。

「ごめんね源田君。こそばしちゃって」

「い…え…あの…」

うつむく源田君、今度は口ごもる。何?と聞くと源田君はばつが悪そうに視線を泳がせた。

「俺の上に…乗ってるんですが」
え、と自分の跨がった部分を押すと、ぐにゃりと妙な感覚。次の瞬間顔を真っ赤にした源田君と目が会ってしまい、私は驚きのあまり彼の顔をひっぱたいてしまった。

101210