※本名バレ注意



私は平和の象徴なのである、と以前ガゼル様に話した事があった。お年頃になってすっかり会話の無くなってしまったアイキューとアイシー、まさに更年期の父と思春期の娘の間を取り持つ母親のように私は働いているのである。それじゃただの伝書鳩だよ、とガゼル様に指摘されたが、伝書鳩でも平和が保たれるなら良い事ではないか。
アイキューの部屋に入ると、そこには確かにアイキューが居るのに、まるで私に気付く気配が無い。ドアに背を向け、うなだれて椅子に座る彼の黒髪から垣間見える耳。その中に差し込まれた青いイヤホンをそっと抜き取った。イヤホンのスピーカーから漏れるのは多分スペイン語。彼は一体何ヶ国の言葉を覚えるつもりなのだろう。
アイキューはゆっくりと首を回しこちらを振り向いた。

「驚いた。深緒か」

「こんばんわ。アイシーから伝言だよアイキュー」

「ん」

「"参考書返して"」

「了解」

事務机に近い実用的な机の引き出しの中からアイキューが参考書を取り出す。彼の苦手な古文の参考書だ。実はアイシーからアイキューに貸す時も取り次いだのは私なのだが、その時新品同様だったそれが今は角が折れ、ページがくしゃくしゃになっている。

「じゃあこれ、アイシーに渡すね」

「頼むよ」

アイキューから参考書を受け取る。アイキューは苦笑して、いつも悪いな、と言った。

「気にしないで。私の部屋、ちょうど二人の間くらいにあるし、アイシーともアイキューとも話出来て私は楽しいよ」

そう、私の部屋はマスターランクの寮棟の中でもちょうど二人の部屋の距離の中点に位置しているのだ。

「それでも、君を良いように使っているようになっている」

「使ってくれたらいいよ」

「これを言うと言い訳のようだが、アイシーも俺も君の事が好きだよ」

「知ってる」

お日様園時代、しかも入園時からの幼なじみなのだ。眉を下げるアイキューに少し笑みが零れた。サッカーする時はひどく冷静なくせに、こういう時は子供みたいなんだから。「じゃあ、お休み」

「ああ、待って」

アイキューの骨ばった手が私の手首を掴む。

「さっきの、勿論俺のほうが深緒の事好きだから」

「うん、それも知ってるよ、修児」

そう言うとアイキュー、もとい修児はフッと笑った。その笑顔がアイシーとそっくりで、私はしみじみ兄妹だなぁと思うのだった。

(これ、さっき愛にも言われた)

101115