何かを生み出すということ

※出産ネタです注意

俺は人が痛がる様子に強い。たとえばテレビでしているような世界ビックリ映像だとかの衝撃映像を見ても痛いとは感じない。女は感受性が強いせいか、深緒はよく「見てるこっちが痛い」と言うが意味が分からなかった。
かくいう俺だが今はビビっている。深緒が恐竜のように暴れ回り壁は蹴るわ俺のTシャツはヨレヨレにするわで見ているこっちまでパニックに陥りそうだ。助産婦の落ち着きぶりが逆に恐ろしい。何者だお前。
ちなみに深緒は酒乱でも何でもない。ただ、子供が生まれそうなだけだ。
俺のガキが深緒の腹から出ようともがいている。深緒もそれを狭い穴からひりだすために今必死に陣痛に堪えているのだ。俺の柄じゃねぇが、「頑張れ、頑張れ」と念じて深緒の手を握った。俺の手をきつく握り返す深緒の額には玉の汗が浮いている。

「はぁっ、はぁっ!あき、あきおぉおお!」

「ああ、ああ、ここに居る」

深緒は焦点の合わない目で俺を、否、俺を通り越してどこか違う所を見ていた。深緒がゼェゼェと荒い息を途切れ途切れに繰り返す。その姿に、昔どこかで見た死にかけの犬を思い出した。もしかして深緒がこのままくたばってしまうのではとぞっとする。縋るように隣に居た助産婦を振り返ると俺の不安を読み取ったのか「赤ちゃんを産むために、女性は男性より痛みに強く作られているんです。男性ならきっと、今頃失神してますよ」と言った。聞き方によれば俺が馬鹿にされたようにも聞こえるが、俺は少し安堵した。
そんな時間が一体何時間続いただろう。俺は不謹慎にも深緒の中のガキを心中で叱った。馬鹿野郎、いつまで母親を苦しませれば気が済むんだ、早く出てこい!お互いの手汗で滑る手を離し、俺は深緒に飲み物を取ってやろうと立ち上がった。ペットボトルのフタを外し深緒の口元に運ぼうとした時、俺はぎょっとした。どこか鉄臭いと思っていたら深緒のワンピースの股の辺りが真っ赤に染まっているのだ。ハッと息を呑む。あれは血だ。深緒は本当に大丈夫なのか、深緒…!

「分娩室入りましょうか」

深緒が連れて行かれた。俺は病室に立ち尽くす。「立ち会いしてね」「おう」数日前交わした会話を思い出して俺は慌てて深緒を追い掛けた。





(ああ、頑張れ、深緒)
(俺は見てる事しか出来ねぇけど)
(とにかく、早く出てこい!)

生まれた。

助産婦に抱かれて新しい布に包まれた物が俺に手渡された。言葉にならない。なんだこの生き物は。本当に深緒の中から出て来たのかすら疑う。たった今出て来る所を見ていたのにコイツの正体が分からない。俺の、息子?

「…よォ、元気か」

とにかく、挨拶。深緒だけでなく助産婦や医者も、ぷっ、と吹き出した。ここは感動的な台詞を言うべきところだろうが上手く言葉が出なかった。
俺は母親や父親の愛をすっかり忘れてしまっていたが、自分の中に沸き上がる生暖かいこの謎の気持ちの正体は何となく分かる気がした。



101107