狼男




私の手の平に純銀のピアスを落として、風介は私の手に手を重ねそれを握りこませた。

「…風介?」

風介はぴくぴくと毛並みの良いグレーのしっぽりを動かして私を見つめた。垂れた耳がとても可愛いが、風介があまりに真剣な顔をしているので目を逸らそうにもそれは気が引けた。
私はピアスを開けていない。それは付き合いの長い風介も勿論知っているが、風介がいくら気が利かないといっても着けようのないプレゼントをするとは俄かに信じ難い。
しばらく目線を右往左往させてようやく風介が口を開いた。

「私は、狼男なんだ」

「…え?」

どうやらこの人はハロウィーンとエイプリルフールを履き違えているらしい。

「あの…ハロウィンは嘘をついて良い日じゃないよ風介」

「嘘ではない。本当だ」

真摯な目、でも口から飛び出る言葉は意味不明。ぐるぐると頭が混乱する。私はとりあえず風介の耳を触ってみた。顔の横に付いているのではなく頭に生えているもの、それをぐいぐいと引っ張ると風介が「痛い」と私の手を払った。次は優しく撫でてみる。風介は目を細めてくすぐったそうに身をよじった。

「ドッキリじゃない?」

「お前をドッキリさせて私やその他大勢に何の得がある」

「ふ…ふむ」

風介の尻尾を掴む。機械ではないその動物めいた動きに、私はだんだんそれを信用しつつあった。
私が信じたと分かると風介はそれ、と私の手の中のピアスを指差す。

「狼男の弱点は、銀。銀の針で刺されれば私はあっという間に死んでしまう」

「そ、それって、私、すごく大変な物持ってるんじゃ…!」

「そうだよ」

さらりと言った風介とは反対に私は慌てふためく。そんな危険なものが手の中にあるなんて。
窓から投げ棄ててやろうかと思ったがこれは一応風介からの贈り物なのであって、捨てる訳にもいかず。

「それ、私なりのプロポーズなんだよ。自分を殺す道具を他人に渡す、そんなもの君を愛していないと出来ない芸当だ。私は狼男だから君と子供が出来るとその子は混血種になる。それに、満月の夜私は君の前には居られないだろう。狼男の本能は君が思っているよりずっと恐ろしい。それでも、私と、結婚してくれないか」

良く磨き上げられた銀のピアスが、すぐに私の涙で覆われた。


Trick or Treat
(情熱的なプロポーズ)


101030