吸血鬼


彼が来るのは大抵、月が欠けた夜。
コンコン、と窓のノックと月明かりでカーテンに浮かぶシルエットで深緒は慌てて窓辺に駆け寄った。ロックを外し、滑りの悪い窓を開ける。そこに居たのは燃えるような緋い髪を持つ青年。青年は深緒を見ると、金色の猫目を細めて口角を吊り上げた。鋭い犬歯を覗かせて。

「よう。また世話になるぜ」

彼、南雲晴矢は吸血鬼の血族だ。正確に言えば彼の亡き母が真血の吸血鬼であり、彼は人間と吸血鬼の混血種なのだ。普段は人間の食事でも満たされる反面、定期的に鮮血を摂取する必要があった。
晴矢は履いていたブーツを脱ぎ、深緒の室内に降り立つ。ここに来るのはもう何度目だろうか。

「また貧血になっちゃう」

冗談めかしながらパジャマの胸元を開き深緒が晴矢に近付いた。晴矢は腕を広げ、深緒を招き入れる。深緒を抱きしめるように晴矢の口元が深緒の首筋に近付いた。

「いただきます」

ちくりとした痛みが深緒に訪れた。しかしそれは一瞬で、すぐに波のように快感が訪れる。深緒はだらしなく口を開き、恍惚とした顔。

「あ…あっ…はる、や…」

ズ、ズ…と首筋から血を吸い出される得も言われぬ感覚に深緒の膝が折れかけた。晴矢の髪は血を得る毎に赤々と艶めく。
吸い終わり傷口を一舐めしてから晴矢は漸く深緒から離れた。深緒は心なしか物足りなさそうに晴矢を見上げる。しかし急激な血の減少に、目眩がしてふらりと晴矢に倒れ込んだ。

「もっと食べて良かったのに」

「馬鹿、死ぬ気か」

晴矢は深緒を抱き上げると、ベッドへ運び、細い体をそこに下ろした。

「お前に死なれちゃ困る」

「ご飯無くなるから?」

「俺はお前の事をただの血袋だと思ってるわけじゃない。お前が好きなんだ。吸血鬼にとって一番のご馳走は、好きな奴の血だ」

血の滲む深緒の首筋を愛撫し、晴矢は愛を囁いた。切なげに寄せられる眉、深緒は静かに目をつむる。

(これはみんな嘘。晴矢にとって私は家畜の中の一人に過ぎない。信じては駄目。私は晴矢の事が好きなんじゃない、吸血の快感が好きなんだ。いくら晴矢に甘く囁かれても、信じては駄目)

晴矢は深緒の瞼に手を翳し、深緒を眠りの淵に落とした。

(信じちゃくれないだろうが、俺は例え深緒に血が無くても、俺はお前に惹かれただろう。知ってるか?俺はお前に出会ってから、他の女の血は一滴も口にしていないという事を)

晴矢は自嘲した。たった一人の食べ物に、ここまで縛られる自分に。彼の母もそうだったように異種を愛するのに抵抗が無い訳ではない。吸血鬼は人間を捕食する立場にあった。プライドの高い吸血鬼が異種、人間と交配するのは極めて珍しい。母も様々な迫害を受けたと聞いている。両親の事故も、ただの偶然ではないと晴矢は考えていた。

人間と吸血鬼。種族の違い、たったそれだけで互いに本音を口に出すのが臆病になってしまっていた。


Trick or Treat
(上辺だけの快感)

101029