真夜中の疾走感


それに驚いて、慌てて席を立った。まだ食事をしているイナズマジャパンの皆やマネージャー達は驚いて私を見たが、お構い無しに食堂から駆け出す。今なら風になれそうな気がした。

「キャアアアア!」

私の足を這ったあの感触、間違いない、蛙だ。思い出しただけで虫酸が走る。私は昔から蛙だとか虫とかが大の苦手で触る事が出来ない。しかもそれを悪戯に多用する木暮君は、音無さんには悪いが苦手な子である。そして今日も、彼の悪戯が発動したらしい。どうやら私の体質を知ってか木暮君も直接私をターゲットにしてはいないようだが、蛙も生き物。どこに飛ぶかなんて予想出来ない。合宿所の廊下を全力疾走しながら後ろの方に音無さんの怒号を聞いた。「木暮君!」音無さん、いいぞもっとやれ。
合宿所の外はすっかり日が落ちて真っ暗になっていたが、私は一心不乱に走り抜けた。途中の階段で何度か躓きながらもグラウンド脇の水道に到着。蛇口を捻り、水を出した。蛙がくっついていたであろう左足の膝を水道の縁に乗り上げ、水で流す。ああ、鳥肌がまだ収まっていない。
暫くしてどうにか落ち着きを取り戻した私は水を止め、足を下ろした。スカートや靴下までびしょ濡れだがこの後は入浴時間なので問題無い。あんなに取り乱して、当分みんなに顔向け出来ないなぁと思いながら合宿所へとぼとぼ歩いていると、後ろから砂を踏む音が聞こえた。グラウンドの照明は消えていて辺りは本当に真っ暗、まさか、不審者。考えた途端急に怖くなり、私は再び駆け出していた。後ろからも走る音が聞こえる。追いかけられている!叫ぼうと思ったが恐怖で声が出ない。私が全力で走っているにも関わらず後ろの足音はどんどんと迫ってきて、ついには私の腕を掴んだ。

「や…!誰か…円堂く…」

「古町、俺だ」

耳が聞き慣れた、澄んだアルトに振り向くと暗闇でも目立つ水色の髪を揺らして風丸君が立っていた。肩を上下させ、息を切らしている。

「びっくりしたよ、急に走るから。古町って意外と足速いんだな」

晩飯のすぐ後だから、脇腹が痛い。と風丸君が苦笑い。

「ど、どうして…」

「古町が飛び出して行った後、心配だから見に行こうって。木暮は音無に絞られてたから早く食べ終わった俺と緑川が探してたんだ。緑川は校舎の方調べてる」

風丸君だけじゃなく緑川君にまで迷惑を掛けてしまったらしい。さっき私を追いかけていたのは風丸君で、つまり真っ暗なグラウンドを中学生二人が全力疾走という中々シュールな光景にしてしまっていたようだ。本当にごめん。
ふと風丸君が私の濡れた足に目を留めた。

「やっぱり洗ってたんだな」

「あ、うん。なんか…気持ち悪くて」

「使えよ。風呂に持って行くやつだから、まだ使ってないんだ」

風丸君が差し出したのは真っ白なタオルだった。ありがとう、と風丸君に甘えてタオルを受け取った。言う通り洗ってから使っていないタオルのようで、ふかふかと気持ちいい。風丸君って優しいな…とか珍しく乙女っぽい事を考える。とにかく足を拭こうとタオルを開いた途端、ボトリと黄緑色の物体が地面に落ちた。ぴょん、と足元で跳ねたそれはまさしく、言葉にするのも悍ましいが、まさか、これは

「かっ、蛙…いやああああ!」

「あははははは!」

驚きのあまり腰を抜かして転倒した私に風丸君が大爆笑。何が起きたのかさっぱりで、言葉が出ない。

「悪い悪い、お前がこういうの嫌いって知ってたんだけどさ、一回やってみたくて。大丈夫、これは玩具だ」

「さ…最低…」

ぐにぐにと玩具の蛙を摘んで私に見せる風丸君はまるで悪戯が成功した時の木暮君みたいだった。

「本当に悪かったって。機嫌直せよ」

「信用した私が馬鹿だった…」

「そろそろ緑川探さないと、な?」

風丸君は落ちたタオルをはたき、それで手早く私の足を拭くと校舎の方を指差して首を傾げた。確かにこのままでは緑川君の無駄足が増える。が。
いつまでも立とうとしない私を風丸君が心配げに覗き込んだ。

「古町?」

「腰抜けて…立てない…」

「…え」

我ながら本当に情けないと思う。腰抜かすって、お年寄りかよ!と頭の中で自分でツッコんで哀しくなった。
申し訳なさそうに眉を寄せる風丸君に「ごめん」と謝ると「それはこっちの台詞だ」と優しく返された。次に差し出されたのは風丸君の手。

「つかまれよ」

「え、あ、ちょっとムリ、歩けるようになったら自分で戻るから、ね」

「おぶってやるから」

自分の背中を指差してから風丸君はいつまでも尻餅をついて動こうとしない私の腕を掴んで引っ張ると、まるで背負い投げでもするように私を背中に乗せた。華奢に見える背中も乗ってみると意外と逞しくて広い。さらさらとポニーテールが顔にかかって、淡く風丸君の匂いが香る。

「ごめん、私重いからほんとごめん」

「そうでもないさ。それより、早く緑川探してやらないとな」

「…うん」

直接触れ合う風丸君の背中と私のお腹を通して、風丸君の声がとても近くに聞こえた。

案外緑川君はすぐに見つかって、他の皆はまだ食堂に居たお陰で大事にはならなかったが、何故か緑川君に怒られるわ私と風丸君を見たリカちゃんによって別の意味で大事にされるわで大変だった。

「リア充爆発しろ!」

「緑川!?」



101024