次に笑うのはどっち
腕に力を込め、細腰を引き寄せると深緒は突然抵抗を示した。今まで大人しく腕の中に居たのにどうしたんだ、といった顔で、或いはその答えを知った上で源田は深緒を捕まえ続けた。良く鍛えられた彼の腕から逃れるのはただの女性である深緒にとっては困難で、抜け出せる気配は無い。
「そういうの、はずかしいの」
さも源田の手つきがいやらしいと言いたげに深緒は彼の腕を優しく抓った。本当に嫌なら少し走って部室を出れば佐久間や鬼道にでも助けを求められただろうが、そこまでしないところが可愛いなと源田の頬が緩む。練習をサボっているつもりは無いが、もう少しこのままで居たいと思っていた。
「早く行かないと、鬼道さんに怒られるんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
源田はあっさりと返し、相変わらず深緒を抱きしめて腕の中で弄んでいる。それどころか深緒を引きずり、自分は椅子に座って深緒を自分の膝に座らせた。深緒は逃げられないと悟ったのか諦めのため息。源田が目を細める。
「ビーストファング」
禁じられた技名に深緒が驚き身を固めるとすかさず源田は深緒の白い首筋に噛み付いた。まるで犬猫がじゃれるように甘く噛んでいたが、そのせいか深緒は少しくすぐったい。
「びっくりした」
「冗談だ。あんな技、使うわけないだろ」
深緒の首に僅かに残った赤い痕を撫でながら源田はへらりと笑った。
「今度は、冗談って言わないんだ」
深緑のユニフォームがボロボロになっても源田はボールを止め続けた。伸びた髪を靡かせ、全身の筋肉が悲鳴をあげるのと同時にフィールドへ倒れ込む源田を深緒は見下ろした。
「ばかなひと」
深緒はあの時の源田と同じようにへらりと笑って、赤いサイレンの音を遠くに聞いている。
101022