起きて見る夢



色を着けるとすれば肉色。
淫夢、というものをどうやら見てしまったらしい。脳内で今だ反響する声やリアルに感じた肉体が私を眠りの淵から一気に引き上げる。じんわりと汗の滲む身体と湿るシーツを引きはがすように身体を起こした。時計はもうすぐ日付が変わる頃を示している。風一つ無い夜だ。

相手が相手、だよなぁ

よりによって一番身近な人物、ガゼル様が相手なんてタチが悪い。明日からのマネージャー業に差し支えが出たらどうするんだと思春期の性というものを呪った。ガゼル様の顔を思い出そうとしても今は淫夢しか出て来ない。私の記憶力はいつも変な所で発揮される。

淫乱な深緒にはまだ足りないんじゃないかい?ほら、こんなに涎を垂らして、はしたないね、君の雌の本能が私という雄を求めているのが分かるだろう。欲しいなら欲しいと言いなよ、沢山穿って、出して欲しいと。

あっ、あっ、そこですガゼル様、きもちいいです、あっ、おおきいですっ、壊れちゃいますっ、あっ、ああ、ああ!ガゼル様ぁ!

よくもまああんな事やこんな事を恥ずかしげもなく言っていたものだ。あの冷静なガゼル様があんな事言うはずないのに私の馬鹿。彼とはお日様園から知り合いだけど今ではすっかり上下関係があって、どう転んでもそんな関係にはなれそうもないのに。なれるなら、なってみたいとか。
次に私を襲ったのはとんでもない背徳感、罪悪感。瞳子姉さんごめんなさい。私ははしたない子です本当に。明日からまっすぐ瞳子姉さんの顔を見る事はできないだろうという情けない自信があった。好きな女の子をオカズに抜いてしまった男子はこんな気分なのだろうか。いや、私は不可抗力である。けど夢は願望の表れとかなんとか。私はもっと純情な恋をだな、してみたいのだ。

明日にも練習がある。早く眠らなければと布団を被り直した私の耳に飛び込んできたのは扉を叩く音と

「深緒、起きてるかい?」

おそらく私が今一番聞きたくない声だった。それでも私の事情を知るよしも無いガゼル様は扉越しに私を呼ぶ。こんな夜に来るんだから大切な用事に違いないと私はゆっくりベッドから身を起こした。何の用だろう。

「はい」

「君と少し話したい」

「私と?」

寝起きで少し上擦った声に自分自身で驚きながらも私は平静を粧う。エイリア学園は完全な縦社会、ガゼル様は上司、私に断るなんて選択肢は存在しない。

「ええ、どうぞ」

「ふん、意外と片付けているな」

「昨日掃除したばかりですよ」

ガゼル様が室内に入って来たので私は手頃なクッションを彼に渡した。それを敷いてガゼル様が座ると、私もその向かいに座った。ガゼル様は興味深げに私の部屋を眺めている。掃除しておいて正解だった。虫の知らせってやつかもしれない。

「それで、話って?」

「ああ、詮の無い話なんだけど、聞いてくれるかい」

要約すれば、ガゼル様は眠れないらしく、つまり暇潰しのためにやって来たようだ。なんだその下らない理由は!と部屋から追い出してやりたかったがそんな事をすればさっきまでの我慢が水の泡なので青筋を立てる程度に止める事にした。何がしたいんだコイツ。私は殺風景な空気をごまかす為にコンポの電源を入れた。私のお気に入りの女性アーティストの甘いリズムがゆっくりと流れる。
それでも本当に、苦しい。これは冗談なんて抜きで、身体が疼いて仕方なくて、同じ部屋にガゼル様が居るという事実も追い討ちになる。ガゼル様の話は本当は耳に入ってないけど、愛想笑いをするので精一杯だった。
じわ、と下着が湿るのが分かり、私は慌てて座り直す。ばれないように太股を擦り合わせて僅かな快感でやり過そうとした。
ガゼル様の鼻が何かを捉えたのか、くん、と動く。

「…匂うね」

何故かどきりとした。ときめきとかそんなのではなく、動揺の類で。

「はい?あ、昨日の餃子の匂いかもです。ごめんなさい後でファブリーズしときますね」

「違うね、もっと淫靡な香りだ」

「いん…?」

嘘だ。バレる訳ない。静寂に包まれる私達を掻き消すようにラブソングが部屋に響いた。そのラブソングは今の私と比べて純粋すぎて心に痛い。

「君は寝言が激しいのだと前にも話した事があったね。今夜も聞こえていたよ…随分気持ち良さそうな声が。良い夢でも、見たのかい」

「ちょっと…寝苦しくって」

「私の名前を呼んでいたろう。私を部屋に入れたのも期待してたからじゃないのかい」

ガゼル様の顔が今まで見た事の無いくらい純粋で悪戯を孕んだ笑みを浮かべた。

「そんな!」

「再現してあげよう。君の夢を」

白い手がゆっくりと私の寝巻のボタンに伸びた。



101016