ああ、忙しい



ユニフォームから着替える事も忘れてソファで眠るグランにそっとブランケットをかけた。今はジェネシスチーム選考のために学園内での試合が多い、つまり手強いチームとの試合が連日続いているのだ。現状ではガイアが一番ジェネシスに近いと言われているが、ダイヤモンドダストもプロミネンスも油断すればすぐに足元を掬われるような強敵。それらマスターランクだけでなく、エイリア石を使って強化されている二チームも実力をつけてきている。今のグランは気の休まる時が無い。
整った寝顔をもっとよく見たくて、そっと彼の前髪を払った。ぱさ、と艶のあるカーマインの髪が彼の額を滑り落ちる。実を言うと私は、ワックスやスプレーでガチガチに逆立てた今の髪形より普段の下ろした髪形のほうが好きだ。彼の細い髪が指の間を通る時の感触が好きだ。ウルビダにそう言うと、惚気るなと怒られた。
さらさらとしたグランのおでこに唇を落とす。微弱にだが汗の香りが鼻についた。起きる頃にはお湯を沸かしてあげよう。そういえば日頃眠りの浅いグランにしては随分熟睡しているようで、全く起きる気配が無い。少し不審に思ったが、規則的に上下する胸元を見て安心した。
ソファから垂れるグランの手が手袋をつけたままでいるのに気付き、私はそっと手袋の指先を引っ張る。するりと脱げる手袋の中には傷だらけの白い手があった。転んだり吹き飛ばされたりして、手だけでなくグランの体は激しい試合の跡だらけだった。すこしくらい、起きないかな。そう思って救急箱を取りにそこを離れた。




女性の手、というか深緒の手はとても柔らかくて、少し冷たかった。でもそれは今の火照った俺には気持ち良いくらいで、つい狸寝入りをしてしまった(今までは本当に眠っていたんだけど)。深緒の手が優しく俺の手を持ち上げ、手を濡れタオルで拭いて傷口に消毒のアルコールをつける。それが思ったよりも染みて痛かったが我慢我慢。どうにか寝顔をキープ出来たようだ。
深緒はよく働いてくれている。最近どこのチームも慌ただしいけど、目立たない所で奔走しているのはマネージャーの彼女だ。今もかいがいしく俺の手当てをしてくれたり、チームメイトの管理をしてくれたり、本当に世話を焼かせてしまう。
そんな一生懸命な彼女が好きで、今も思い出しただけで俺の口角は上がってしまった。そろそろ寝たふりも潮時かな、と処置を終えて救急箱を仕舞いに行こうとする深緒の手を掴んだ。




「グ、グラン、起きてたの?」

「今起きたんだ」



急に手を掴まれて慌てて彼を見ると、綺麗な翡翠の瞳が見えていた。起こしてしまった。慌てて「ごめん」と口走ると「いいよ」と爽やかな返事が返ってきた。疲れてるだろうに、芯の強い人だ。


深緒は俺を起こしてしまった、と申し訳なさげに首を傾げていた。結果的に俺は起きているが、別に不快じゃない。それに、再び救急箱を手に立ち上がる彼女がぽろぽろと絆創膏や包帯を取り落とす姿がとても愛しい。

100921