それでも愛を囁くのに




もしも私が男だったらと、考えても仕方のない事を考える時がある。それは主に深緒に原因がある。深緒が女である私より男のグランを選んだからだ。深緒とグランがいかに愛し合っていても、駄目だ。きっと深緒は幸せにはなれない。グランには深緒を幸せにするだけの器量が無い。深緒を幸せに出来るのは私だけだ。ずっと昔から深緒の隣に居たのは私だ。そこを、奪ったのはグランだ。
私達の他には誰も居ない。電灯へ供給されるエイリア石のエネルギー音だけが断続的に聞こえるロッカールームで私は深緒の肩を掴んだ。

「玲名…?」

練習始まるよ、と長い睫毛を震わせて深緒が私を見上げる。そう、私が男だったなら、キスの一つでもして深緒をグランから奪い取る事が出来ただろう。

「…ごめんね」

「ああ」

深緒はそっと目を伏せた。憂いを帯びた表情は出来るだけしてほしくないが、深緒のこの顔は綺麗だ。

「玲名も、グランの事…」

「違う!」

だが、深緒の的を外した謝罪につい声を荒げてしまった。確かにずっと昔、まだおひさま園に居た頃は私もグランを、馬鹿馬鹿しい事に異性として好いていたのだ。側に居た深緒もそれは知っていた。それはもう昔の話であり、今はあいつを何とも思っていない。むしろ憎むべき対象だ。不愉快だ、ひどく吐き気がする。頭の中がぐるぐると掻き回され、抑えきれない劣情が私の喉をはい上がる。「え」と呆気にとられた深緒の耳に唇を寄せて囁いた。

「どうして、あいつなんだ。どうして、私ではなく、あいつなんだ。どうして、どうして、お前の隣に居るのは、私だろう?今も、今までも。これから、も…」

嗚咽を堪えて深緒に私の心を吐き出した。深緒はもう何も喋らなかった。

「私はお前を、愛しているんだ…お前が、好きなんだ…」

「…そんな事…言わないで…」

辛いのは私だけではない。背中に回された震える深緒の腕に声を抑えきれず涙した。



100912