高温チューリップお断り




設定温度は常に20℃だった。スポーツをしているくせに、クーラー病になるとは我ながら情けない。初めは自分で自分を叱咤していたが、今では最早諦めている。先天的なものなのか極度の暑がりである私は、夏はエアコンが無ければ乗り切る事が出来ない。以前、ヒロトに言われてエアコンのタイマー機能をつけたり工夫していた頃もあったが、その時は一チームのキャプテンである私がサッカー試合中倒れるなどして進行に異常を齎したため、文句を言う人間は晴矢だけになってしまった。晴矢も冬になれば必要以上にヒーターをつけるくせに。せっかくの冬なのだからわざわざ暑くする事もないだろう。おかしな奴だ。そう言うと深緒に「風介も似たようなもんじゃない」と言われた。意味が分からない。
夏の私の楽しみは、暇な日中に部屋で文字通りごろごろと過ごす事だ。もちろんサッカーの練習もそれなりにしている。だが私が夢中になるだけあって、ゴロゴロする場所はただのフローリングではない。瞳子様が暑さに弱い私のためにと用意してくれた、よく冷えるマットを部屋に敷いてその上に寝そべる。ひやりとする温度が直接皮膚に触れてまさに極楽。

「風介!…なんだ、またそれかよ」

突然ノックも無しに部屋に入ってきたのは、やはり晴矢だった(この家にそんな馬鹿は一人しか居ない)。私が怪訝そうに睨むと、晴矢は「ふーっ…」と疲労の混じる息を吐き、マットの端の方に座った。

「やっぱお前の部屋涼しいな」

勝手に他人の部屋の冷気を堪能するな。晴矢が来て室内温度が3℃上がった気がする。私のため息と同じく、エアコンもその息を多めに吐き出した。

「お前は夏が好きなんだろう。早く出て行け」

夏を味わえ、と訳の分からない事も喚いていたこいつにこの空間を分け与えるのは何としても避けたい。

「俺だって暑いもんは暑いんだよ」

足元に寝そべる私を見下ろして晴矢がへらっと笑う。そして俺のテリトリーであるマットに寝そべろうとしたのでそこで私の堪忍袋の緒が切れた。マットに付く寸前の晴矢の背中を蹴り上げた。「い、いってぇ!」

「出て行け!」

「ったく…短気なヤツ」

最後に私の腰を足蹴にすると、晴矢は渋々部屋を出て行った。汗はすっかり引いているようだったし、私も晴矢と二人きりで喜ぶ趣味は持ち合わせていない。
熱の塊が出て行って再び訪れた私だけの空間。やっと静かになり、私は瞼を下ろした。



次に感じたのは腹への衝撃。横向きに寝ていた私の鳩尾に重い一撃が入り、私は目を覚ました。晴矢にでも蹴られたか、と腹を見ると、そこにあったのはあいつの足ではなく、芋虫のように丸くなった深緒だった。

「ここすごい涼しい」

どうやら先程の衝撃は深緒の頭突き、というよりタックルだったようだ。これまた汗だくになった深緒がマットにへばりついている。

「…驚かせるなよ」

深緒はマットに張り付けていた顔をばっと上げて、私を見た。

「びっくりした?」

「今まで寝ていたんだ。驚きもする」

「風介寝てたの?目開いてたよ?」

「え」

「嘘」

もう電車で眠れないじゃないか!と深緒を怒るところだった。寝相も寝顔もごく一般的なものだと自負している。凍てつく闇が座右の銘の私が目を開けて寝ているなんてごめんだ。相変わらず腹の辺りで丸まった深緒を軽く叩いた。

「あだっ、ごめんごめん」

「ふん…」

もう一度寝転んで元の寝ていた姿勢に戻る。すると今度は深緒が身体を起こして私を覗き込んだ。

「…あれ、出て行けって言わないの?」

「なぜ」

「…ううん、いいや。気にしないで」

そう言った深緒はすこし顔が赤くて、不覚にも可愛い、と思ってしまった自分自身が深緒よりも晴矢よりもうっとおしくてたまらなかった。


100904