追放とエスケープ




私の恋愛事情を知っている友人は、皆口を揃えてこう言う。

「深緒、風丸くんだけはよしなよ」

彼は三年生の間でもなかなかに有名人だ。それはサッカー部が全国に行った事や私との関係のせいだろう。しかし、その分ライバルが多いのは私にとって心配な要素になっている。
どうしてだめなの?どうして一郎太を好きになっちゃだめなの?と友人を問い詰めても、どうしてって…と言葉を濁す。学年が違うせいで学校では滅多に会えないけど、一郎太の携帯には私の携帯番号やアドレスがしっかり入っている。私の事はたまに深緒と呼んでくれるようになったし、一郎太を好きな女子の中ではきっと私が一番苦労したし努力している。それが報われて、私達はもう誰が見ても恋人同士だ。誰にも文句を言う権利なんか無い、なのにどうしてみんな、私を否定するの。私じゃ一郎太に釣り合わないの?
凍りついた放課後の教室。さっきまでガールズトークに花を咲かせていたのに、私の話題になるとすぐこれだ。いたたまれない気持ちに私が押し潰されそうになっていると、教室の引き戸が控えめに開いた。

「帰るぞ」

一郎太はひょっこりと顔を覗かせて私を確認。にこりと笑って私を手招きした。

「うん!それじゃ、バイバイ」

鞄を掴み、相変わらず私を冷めた目で見る友人に背を向けて、私は一郎太のところに走り寄る。私には一郎太が居ればそれで良い。私や一郎太を否定する奴なんていらない。消えてしまえ。

「今日早かったね」

「最近練習続きだったからな。少しセーブしようって事らしいんだ」

「ふーん」

駐輪場に向かいながらそんな他愛ない話をする。やっぱり私は一郎太と一緒に居る時が一番楽しい。人気の無い寂しい放課後の校舎も今は最高の場所だ。世界に私と一郎太だけ、そんな感覚を覚える。なんて素敵な世界なんだろうか。私と一郎太はアダムとイヴのように二人きり。楽園から追放された先は至上の楽園だった。
一郎太は朝練の為に走って学校に来ているが、私は自転車で来ている。なので帰りは一郎太と二人乗りをするのがいつものコースだ。一郎太と私の荷物を自転車の前籠に乗せる。二人で荷物を籠にぎゅうぎゅうと押し込んでいると、琥珀色と目が合った。その中には私が映っている。揺らぐその瞳をぎゅっとつむって、一郎太は自転車から手を離した。

「…いち、ろ」

駐輪場に誰も居ないのを良い事に、一郎太が私の背中に手を回す。最近お母さんに怪しまれているせいで、家ではこんな事が出来ない。その反動なのか、一郎太のキスは性急で激しい。酸素を奪い合い二酸化炭素を交換し、窒息死しそうな程のそれでも私は喜びに震えていた。一度顔を離せば一郎太の目はとろんと潤っていて、色を感じる。それは私も同じだろうが。私は一郎太の詰め襟にしがみついた。一郎太も腕を広げ私を受け止める。彼の肘が立ててあった私の自転車に当たり、派手な音と共に地面とこんにちは。それでも暫く一郎太も私も自転車を起こしはしない。カラカラと渇いた音色で周る車輪。私達の前ではノイズにすらならない。

「深緒、姉さん…」

一郎太の囁きに背筋がぞくりとし、胸が熱くなった。
風丸姉弟の噂はきっと校内に普く広がっているだろう。風丸、何やってんだ、と遠くの方から誰かの困惑した声が聞こえたが、そんな事はどうでも良かった。血の繋がった姉弟が付き合っている、禁忌だ背徳だと書かれるそれは例えるなら麻薬のように終わりの見えない依存を孕んでいた。知恵の実をかじってしまったのは私。食べたのは一郎太。未だ一定の早さで回り続ける自転車の車輪が終わりのないそれを暗に私へ伝えようとしているようだった。



100904