恋人の家に、その恋人とそっくりな人が居る。
人、という表現は少し間違っているのかもしれない。
どこをどう見ても臨也にしか見えないその子は、臨也本人が買い上げたと言っていた。


「作る時にね、いろいろ設定を頼めるらしいんだよ。手伝いとはいえ俺の家をうろつかれる訳だし、赤の他人の姿じゃ君が落ち着かないだろ?だから消去法で俺がモデル。君の紛い物なんてもっと嫌だしね」


初めてそんなことを言われた日は、とても混乱した。
臨也が連れてきたその子が私をじっと見つめるので、ぎこちなく挨拶をした。


「初めまして、…えっと」

「名前なら付けてないよ。別にいらないでしょ?ああ、あと話すことも許してないから挨拶も必要ないよ」


臨也の言葉が終わらない内にお辞儀を一つ済ませた彼は、ぱたぱたと廊下を走っていってしまった。
複雑な心境で臨也を見やると、少しだけ口元を歪めた彼が何でもないように言った。


「見かけは俺だけど、鬱陶しかったらごめんね」


臨也の扱いを見ていると、彼は本当に機械なのだと思わされた。
人間ではない彼に対して、臨也は私を相手にするより素を出して仕事を任せているらしかった。
私も頻繁にここを訪れる訳ではないけれど、いつ来ても彼は忙しそうにぱたぱた歩いていた。


「いつもお疲れ様」


ある日、せっせと書類をまとめる彼に対して勝手に話し掛けてしまったことがある。
ぴたりと少しだけ手を止めた彼は、会った時と同じくまた小さくお辞儀をして仕事を再開していた。
その横顔は表情を持っていなかったけれど、確かに反応を示してくれたことに私は少し嬉しくなったものだ。
不思議な子。
臨也のようで、臨也ではない子。
その日、帰りがけにもう一度声を掛けてみた。


「頑張ってね」


今度は、少し戸惑ったような仕草を見せた。
少し開いた口は、今にもお喋りな臨也のように何かを話し出しそうに見える。
言いたいことがあるのかと再度声を掛けようと思ったところで、部屋に臨也がやって来た。


「送るよ。…おいで」


腕を引かれて部屋を出た私に、臨也が額へ唇を触れ合わせる。
胸が微かに苦しくて甘い。
私は臨也の恋人だ。
けれど、俯き黙りこくったあの子の姿はなかなか頭から消えなかった。


「こんにちは」


暇が出来たので、珍しく続けて臨也の家を訪れた。
私を歓迎した臨也がリビングに行くのを見ていると、ふと廊下に彼が立っていた。
私が声を掛ける前にお辞儀をしてくれた姿に、少し微笑ましくなる。
相変わらず書類を手に持っている彼。
なんだか量が多くて大変そう、と何とはなしに手を伸ばせば彼がびくりと身体を強張らせた。
次いで、その手から書類がバサバサと落下する。


「ご、ごめんね、驚かせたよね。私も拾う…、痛っ」


慌てたせいで指を切ってしまった。
さっきから、私はこの子の仕事を邪魔してばかりだ。
これを集めたら黙ってリビングに行こう、と再度書類へ伸ばした手が彼の手に触れた。
彼から握られた手に、私は暫し呆然とする。
私の指から垂れる血を眺める瞳はいつもと同じく澄んでいる。
けれど、どこか悲しい色をしているように見えるのは私の気のせいか。


「…大丈夫?」

「え…」


瞳と同じく澄んだ声を発した彼が、もう片方の手で私の前髪をくしゃりと掻き上げた。
この仕草に私は覚えがあった。
昨夜の、私の帰り際と同じ。
まるで昨日の出来事を映像で繰り返すかのように、彼の唇が緩やかに額へ近付いてくる。
私が息を詰めた時、それをとても冷めた声が遮った。


「何してるの、サイケ」


ぱっと私から離れた彼は確かに怯えたような目の色をしていた。
しゃがみ込んだままの私たちに歩み寄り、臨也は笑った。
笑ったまま、サイケと呼んだ彼を覗き込む。
彼に名前はないと、この間言っていたはずなのに。


「そんなことは、お前に命令していない。必要じゃない。…分かるよな?」


すっと笑みを消した臨也の言葉に、彼は震えるように頷くだけだった。
臨也が私に向き直った時、表情はいつもの笑みに戻っていた。
何も言えない私に、臨也はひどく優しい声で言う。


「ごめん、今日は帰って?次に君が来る時にはもう、大丈夫なようにしておくから」


私は俯くことしかできなくて、気付けば臨也が私に持たせたであろう鞄を力無く提げて帰り道を歩いていた。
何をどうしたら良かったのか、答えは出ないまま二日が過ぎた。
気になって仕方なくなった私は、仕事も放り出して臨也の家の前に行っていた。
私を出迎えた臨也は出掛けるから留守をよろしくね、と残して出掛けていった。
臨也も家の中も、何も前と変わらない。
私がリビングに入ると、立ち尽くしていたらしい彼がふと振り返る。
私が口を開くより先に、彼がにこりと笑う。
あまりに人間らしい、少し悲しそうな表情に私は何も返せない。


「…こんにちは。本当は、喋ったらいけないんだけどね」


少し離れて私と向き合った彼も、前と変わりがないように見える。
けれど、今までの感情を押し殺したような無表情じゃない悲しい笑顔は今までと確かに違っていて、その変化は寂しかった。
彼がゆっくり腕を持ち上げて伸ばす。
その指先は私の目の前にあって、ギリギリ触れていない位置にある。


「このまま触れちゃうとね、俺の中枢がショートするんだって」

「な…」

「そういう風に直されちゃった」


彼が一歩踏み出すのを見て、私は思わず身を引いた。
さっきまで私が居たところを手がすり抜ける。
その手のひらを見つめた彼は、寂しそうにぽつぽつと話し始めた。


「俺は一応あの人のコピーなんだ」


開いていた手を握りしめた彼が言う。
あの人、と言われてそれが臨也のことだと気付く。


「俺の存在のほとんどはあの人が元だけれど、あなたが好きなのはちゃんと、本当なんだよ」

「…よく分からないよ」

「いいよ、分からなくても。ねえ、万が一でも俺が呼ぶことがないようにって、あなたの名前は教えられていないんだ。…教えてもらってもいいかな」

「…、名前」

「そう、名前」


また一歩、彼が私へ歩み寄る。
今度こそ手を伸ばされれば触れてしまって彼が壊れてしまうだろうに、私は動かなかった。
彼が何かを決意した心持ちであることを感じ取ったからかもしれない。


「名前。最初に触れるのが指先だけで終わり、なんて俺は寂しいな。だから、お願いがあるんだ」


彼、サイケがまた一歩二歩と踏み出した。
私は動かないまま。
愛おしそうに瞳の色を滲ませて、彼が私に触れるか触れないかの距離で希う。


「名前とのキスを俺の終わりにしたい、…いいよね?」


消えたくない、より触れたい、の方が強いんだ。
そう囁いた唇がそっと近付いてくる。
どうして、どうして臨也は彼を作ったの。
熱い涙が頬を伝って、床に落ちていった。


20101125
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