休日に公園に向かうのは日課となっているし、それはきっと彼らも同じだと思う。 季節の匂い(今は夏だから爽やかで少し目の覚めるような香り)がする風を身に受けながら歩いていると、目に鮮やかなオレンジの花が落ちていた。 ノウゼンカズラは好きだけれどもう時期は終わりなんだろう。 拾い取ったそれを手にいつものベンチに目をやると、黒と赤のコントラストが印象的な彼が一人、座っていた。 こちらに気付き振り向いた瞳は眠そうに細められていて、けれど他に見ないほど綺麗な赤色をしている。 「あれ、六臂だけ?」 「そんな残念そうに言わないでくれる」 「いや特に他意があるわけではなくて、…今日は月島くんが居ないんだね」 きょろりと辺りを見渡すも、もう一人の黒と赤が目立つ彼は見当たらなかった。 そんな私の手からノウゼンカズラを勝手に取り上げ、矯めつ眇めつしている六臂の隣に座る。 陽に透かして花を見るその姿にそれが好きなのかと尋ねようとする前に、彼が口を開く。 「あいつなら、今日は横浜辺りまで行くって」 「へえ、横浜。迷わないで行けるのかな」 「さあ?無理なんじゃない」 本人は念入りに調べてたみたいだけど、きっと無駄になっているだろうね。 落ち着いた風に話す六臂が月島くんのことをよく知るのは当たり前で、二人は昔からの知り合いなのだと前に聞いた。 地図とカメラを両手に同じ道をぐるぐる歩く月島くんは容易に想像がついて、少し笑えた。 「今度はどんな写真を撮ってくるのかな」 「いつも通り、あいつが好きな花とか鳥じゃないの」 「そういう六臂は?今日は描かないの?」 「気が向いたらね」 月島くんは写真。六臂は絵。 多感で繊細な二人は芸術の面に大きく秀でていて、よくここへ題材を探しにくるのだ。 その二人をただ何となく見ていて、話をするのが私。 自分だって何かできたら、と思う時はあっても二人の作品を見ればそんな気持ちは必ず吹き飛んでしまって、私はただすごいすごいと騒ぐ観客となってしまうのだ。 それが楽しいと感じてしまっているのに、実は気付いている。 二人が少し羨ましいのは今でも変わらないけれど。 「やっぱり残念そう」 「え?」 「ちょっと待ってて」 ぼんやりと噴水を見ていたら六臂がぽつぽつと会話もそこそこに立ち上がって、どこかへ行ってしまった。 一人取り残された私は一眼のレフも絵の具の乗ったパレットも持っているわけではない。 けれど、彼らがするように両手で四角を作って目の前の景色をそれに収めてみた。 こうして風景を切り取るという行為そのものは月島くんも六臂も同じなんだな、とため息をつく。 嫌な感情ではなく、感嘆から出たものだった。 その手を下ろして、軽く目を閉じる。 子供たちが遊びはしゃぐ声や水が跳ねる音に耳を澄ませていると、突如頭を掴まれる感触があった。 「寝るな」 「ね、寝てないし。ちょっと情緒とか感じてただけだし」 「あんたが情緒?は、」 慌てて目を開けた先の六臂は思ったより怒ってはいなくて、むしろ珍しく笑った顔(馬鹿にしたような、という点は無視する)をまじまじと見てしまう。 彼は私の頭に置いていた手をそのまま何度か揺り動かし、手を離した。 …撫でられた、のだろうか。 それにしてはぎこちなかったから、六臂はきっと滅多に人の頭なんて撫でないんだろう。 そういう人だ。 そんな風に考えていた思考はバサリ、と視界を埋め尽くした色彩に暫し止まる。 「…わ、ミニブーケだ」 「あげるよ。だから元気出せば」 ここからでも見える近くの花屋の店頭に目を凝らせば、そこに並ぶ花々が分かる。 元気出せば、なんて斬新な慰めの言葉は初めてだし、隣に座った六臂は何でもないように欠伸をしているし、何よりこの鮮やかなオレンジの色合いは先程のノウゼンカズラを思い出させた。 勝手に出てくる笑みを堪えようとして、これは我慢するものでもないなと思い直して六臂の方を向く。 「こんなの、なんだか六臂に似合わない」 「じゃあ返して」 「やだ、もうもらった!それに返したって、逆に六臂が困るんじゃない?」 ひょいと伸ばされた手から逃げるように座り直した。 ただ、彼の手のひらは空いた方の手で握る。 少し不服そうな六臂が機嫌を直すように。 「お礼に、あそこのアイスでも一緒に食べようか」 「俺、チョコバナナね」 「え、それって一緒に売ってるクレープの方?」 「折角だから高い方を頼んでおくよ」 何だかんだ言いながらも素直に立ち上がった六臂の味覚が実は子供っぽいことを知っている。 買ってる間俺が持つよ、と言われたので今度はちゃんと彼からの小さな花束を渡した。 さっきはああ言ったけれど、ブーケを見つめ直している六臂に対して、見つめられる花も満更ではなさそうだ。 私は機嫌良く歩き出す。 先を歩いて手を引く私を、絵を描く時のように彼が目を細めて見ていたのを、知るはずもなく。 20110723 いつも眠い絵描きと大人しい写真家と、女の子のはなし |