「これ、御礼として渡しておくよ」


私に紙袋を手渡してきたその人は、先日会ったサイケさんと瓜二つだった。
ただ、頭から爪先まで黒できっちり統一したその人はサイケさんとは雰囲気が似ても似つかない。
サイケさんは幼く見えたけれど、この人は20を越した大人の空気を纏っている。
色は違うけれど同じコートを着ているところを見る限り、双子のようにも見えるけれど。


「えっと、折原臨也さん?」

「なに?」

「サイケさんのお兄さん…なんでしょうか?」

「まあ、そんなとこ」


…果たして兄弟に「まあ、そんなとこ」なんてことがあるんだろうか。
というか、サイケさんのお兄さんならつまりは。


「サイケさんよりもお上手なんですね、日本語」

「は?日本語?」

「…あれ、違いました?」


だって臨也さんも赤い目をしているのに。
そう思ってから私は、涙に濡れたピンク色を思い出していた。
新宿駅に着いた途端に勝手知ったる足取りで駆けていったサイケさんを見送った時は不安だったけれど、良かったなぁ。


「サイケは『ああいう子』なんだ。まあ、気にしないであげてよ」

「そうですか…ところで、何故臨也さんは私のことをご存知なんでしょうか」


しかもわざわざ私の地元駅のホームまで来てくれて、とまでは言わなかった。
私の言葉にああ、と頷いた彼は何でもないように返す。


「サイケが持って帰ってきたハンカチに君の名前があったからね。あの口から君の話も聞いたし」

「はあ…すみません、わざわざ」

「いや、ハンカチがほら、…悪かったね。それ新しいの買ったから受け取って」

「へ、ああ、こちらこそすみません」


さっき何とはなしに受け取ってしまった紙袋を指差して臨也さんが決まり悪そうな顔をしたので、慌ててお辞儀した。
なんだ、笑顔以外の表情もするんだ。
人間味があって私はこっちの臨也さんの方が緊張しないな、なんて少し失礼なことも考えた。
いけないいけない。


「なんだか、サイケが君を随分と気に入ったみたいでね」

「そう…ですか」

「毎日ハンカチ広げて嬉しそうにしてるよ。…あ、ちゃんと洗わせたから。でも普通返せないでしょ、あれ」

「いえ、その件はもういいですから…」


そうか、サイケさん元気そうだなぁ。
道案内にしては濃い一日を一緒にしたけれど、私は楽しかった。
サイケさんがエスカレーターで転んだり、目を離せばはぐれたり、また逆向きの電車乗っちゃったり。
…うん、楽しかったってことにしておこう。
きっともう会うこともないだろうし。


「用件はそれだけ。帰り道を引き留めたみたいで悪かったね」

「いえ、ありがとうございました。臨也さんも帰り道は気を付け、」

「臨也く――ん!」


臨也さんの後ろで開いた電車の扉から何か飛び出してきた。
彼の背中にタックルしたらしい真っ白な姿は見覚えがある。
というか、あんなに目立つ人を忘れる訳がない。


「…なんで居るの、サイケ」

「臨也くんについて来たんだよ!ちょっと迷ったけど」

「俺がここに着いてから30分は経った気がするけどね…」


頭を押さえる臨也さんときゃあきゃあ騒ぐサイケさんはやっぱりそっくりだ。
じっと見ていると、サイケさんと目が合った。
途端にぱっと花が咲いたような顔をする彼に、少し驚いた。


「名前だ!名前ー!」

「こら、サイケ!ったく、いきなり他人に引っ付くなってあれほど…」

「さ、サイケさん。お久しぶりです」

「うん、久しぶり!臨也くんに、これ名前って読むって教えてもらったんだー」


私に飛びついてきたサイケさんがコートからひょいと取り出したのは、私がいつか貸したハンカチだった。
私の名前を指差して、サイケさんはにこにこ笑っている。
ああ、なんだか和むなぁ。
ふとあの日のことを色々思い出して、小さく笑う。


「サイケさん、2歳なんでしたっけ」

「そう!俺、2歳!」


何故かぎょっとした臨也さんが溜め息を吐いていた。
そういえば、あの時他にも何か言っていたような。
確か、臨也くんに作られて…?
そこまで考えたところで、サイケさんに名前を呼ばれていたことに気付く。


「名前!」

「はい?」

「おいしいケーキ食べに行こうよ!臨也くんが買ってくれるから!」

「ちょっとサイケ、俺はさっきお前が世話になった分をちゃんと御礼したんだから。これ以上迷惑掛けないように帰るよ」

「やだー!ケーキ!」


話を聞いてると、サイケさんが食べたいだけに聞こえるんだけれど…
普段の臨也さんの苦労が窺い知れて、失礼ながらもちょっと笑ってしまった。
呆れたような表情でこちらを振り向いた臨也さんがおずおずと言った。


「…付き合ってもらってもいいかな。言い出したら聞かないんだ」

「はい、喜んで」

「ふふ、名前と臨也くんとケーキ!」


私と臨也さんの腕を取って、心底嬉しそうにサイケさんが笑う。
このまま別れるのは寂しかったから、私も心の底から嬉しかった。
…何故かサイケさんが切符も定期も持ってなくて、改札を出るのが大変だったけれど。
何か一つは波乱を持ってくるような人だと実感した今日この頃。


20101124
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