case1.岸谷新羅の場合


「ちょっと、聞いてよ新羅」


休み時間、そこがまるで自席であるかのような態度で目の前に腰を下ろしてきた臨也を新羅は見つめ返した。
記憶によれば、今まさに臨也が我が物顔で座っているそこは大人しい男子クラスメイトの席のはずだ。
思い浮かべた彼のことを少々哀れに思いながらも、興味関心は既に友人の方へ向いていて、予習をしていたノートを閉じる。


「どうしたのかな。普段なら人間観察と称して会話を聞くばかりの君が、誰かを謀るわけでもなく話を聞いてほしいなんて」

「あれだよ、あれ。あのアホに対する愚痴を言いたくて」


臨也の投げやりでやや不機嫌な口調にああ、と新羅は呟いた。
また彼女のことかとすぐに合点がいく。
ここで言う彼女とは、恋仲である誰かを指すわけではなくて、単に臨也と腐れ縁の少し変わった同じクラスの女子生徒のことだ。


「なに?また何かされたの?」

「あいつさ、あれだけ一緒には行かないって言ってんのに毎朝家の前まで迎えに来るんだよ。まあ勿論無視してるんだけどね?妹たちはやたら懐いてるし、何でもない顔して追いかけてくるし。いつまでも小学生の頃のノリ引っ張られても迷惑なんだよね。絶対俺が嫌がってるの分かってんのに、腹立つ」

「ああ臨也、いつものことながら君の悩みは矮小だね。僕は今朝セルティに見送られて、とはいえたまたま家を出る彼女と時間がかぶったからだけど、それでも手を振って見送ってくれた事実に変わりはないよね!あのセルティがいってらっしゃい、気をつけろよだってさ!ああセルティ、君はどうしてそんなに可憐で優しいんだ!もうそれだけで僕の心は朝から有頂天さ!」


以前、新羅は臨也の愚痴を聞き流しひたすら相槌を打つことに徹した。
しかし臨也の罵詈雑言は悪化する一方だったので、今回は自分の場合を語って話を逸らす意図だったのが、如何せん臨也の反応がよろしくない。
確かに新羅自身、語りながらついつい楽しくて騒ぎすぎたとは自分で感じていた。
そして、いつもなら受け流す臨也が、先程よりよっぽど不機嫌であることに彼は少し怖じ気づいた。


「えっと、臨「惚気ご苦労。でも俺、そんなの頼んでないんだけど?話聞いてって言ったんだけど?いいねえ新羅は、思春期真っ盛りに想い人と同棲なんて。あ、今まで話に出したけどあいつは関係ないよ?全っ然一切合切関係ないけど、まあそういうのは少し羨ましいかもね。いや違う別に羨ましくなんてないだからとりあえず黙れよ」…い、痛い痛い痛い、ちょ、ごめんなさい」


ぎりぎりと容赦なく頬をつねってくる臨也の腕を降参だとばかりに叩くと、舌打ちと共にようやく手が離れた。
機嫌の悪さを瞳に残したまま、臨也はすたすたと教室を出て行った。
痛む頬をさすり、新羅はため息を吐きつつ愛しの彼女へ思いを馳せた。


case2.平和島静雄の場合


「はああああ、」


喧嘩相手の盛大なため息に静雄はその表情を僅かに顰めた。
彼と対峙し、屋上の給水タンクに絶妙なバランスで乗っている臨也は普段より気が抜けていた。
それは先程ちょっかいを出された時から何となく感づいていたことだが、彼の思考思想何もかも関係なくただ相手をぶん殴ることしか考えない静雄には意味がなかった。
しかし。
直接喧嘩をしかけてきた割に臨也は力なく適当に攻撃を避けるばかりで、碌な反撃もしてこない。
こうして応酬の合間に距離を取る度、重い息を吐くばかり。
流石にその態度には静雄も堪えかねた。


「うぜぇ。何なんだよてめぇ、さっきからよぉ…」

「…シズちゃんさあ、一つ話を聞いてくれないか」

「ああ?」


どこから持ってきたのか、静雄は手にしていた掃除用具ロッカーを投げるのを留めた。
意識的ではなく、静雄の中で整理がつかなかったからだ。
普段からやけに口数が多く、自分を怒らせてばかりの相手はただぼんやりと…似合わないが憂いのような表情でいる。
静雄にはそれが薄気味悪かった。


「いや、お前の話聞く義理なんて俺にはな…」

「あーはいはい、提案した俺が馬鹿だった。勝手に話すよ?ついさっきの昼休み、ここで幼なじみと飯食べたんだけど。あいつが買ってきたパンとかを適当にかじってたら、カレーパンだけやたら辛くて。文句つけたらカレーパンに持ってたパックの牛乳ぶっかけてきやがった。馬鹿でしょ?馬鹿だよね?それで辛さが中和されるかっつーの!ほんと何なのあいつ、わざとだとしたら…絶対わざとなんだろうけど、後で殴ってやる」


一息で言い切った臨也は苛立ちを隠さない様子で頭をがしがしと掻いていた。
まくし立てられた静雄は訳が分からなかったものの、臨也の言う「あいつ」が自分と同じくこの鬱陶しい男に関わられているのかと思うと少し同情した。
しかし考える前に静雄は率直な感想をぽろりと漏らしていた。
臨也があまりに素で語るから、釣られたのかもしれない。


「まあ、食い物粗末にするのはいけねぇな…」

「…はあ?何言ってんの?今のはね、俺のひとりごとに近いわけ。シズちゃんの曲がった物差しで出来事を計れなんて言ってないよ?粗末ってなに。君は公共物も学校の備品も自分の身体でさえ丁寧に扱えないくせにさぁ」


臨也自身にもその嫌悪感を抑える気はないらしく、あからさまに喧嘩を売る物言いに静雄は止めていた手を動かす。
ロッカーが手のひらから空へと離れた瞬間、既に静雄は会話に出た女子の存在を頭から消していた。


case3.門田京平の場合


「そろそろ俺はあいつを刺しても咎められない気がするんだ」


とにかく物騒な臨也の発言に特に動揺するでもなく、門田はそうかと返事をした。
実際に臨也の愚痴は、最も寛容で最も常識を持った門田に向かうことが一番多かった。
つまり、聞き慣れているのである。彼の暴言などは。
この場が図書室であるのも気にせず椅子を揺らす臨也をやんわり宥めつつ、門田は自分の読書も進めている。
臨也が口を開いたのは数ページをはらはらめくった後だった。


「…本を貸したんだよ」

「そうか。で?」

「面白くてすぐ読んじゃったー、って返してきた」

「良かったな」

「これ見てもそう言える?」


臨也が顰めっ面で突き出してきた文庫本に少し仰け反り、次いで門田は声にならない呻きを上げた。
読書好きからしたらたまらない仕打ち。
いくつもいくつもページの端が折り曲げられ、文庫本は通常の倍の分厚さになっていた。


「いくらいいシーンがあったからって借りた本にドッグイヤーすることないだろ!信じられない!ばかああああ」

「ああ…流石にこれはひどいな」

「もう人間の所業ではないよ」


机に突っ伏して無気力に言う臨也がだんだん気の毒になってくる。
門田は無残な姿になっているページを無駄と知りながら、一つ一つ折り戻していく。
そのまま黙り込んでいる臨也に、門田がぽつりと言った。


「あんまり嫌なら、関わるのをやめたらいいんじゃないか」

「…ドタチンの言うことはいつも正論だね」


苦々しく笑い返す臨也に、やっぱり離れる気はないんだろう、と言いかけたのをやめた。
辛いこと苦しいことを常に避け、楽しくいこうと薄っぺらく笑う普段の臨也を思い返し、門田も笑う。


「難儀な奴だ」


その言葉を否定するでもなく、臨也は口端に笑みを残したまま門田から本を受け取った。
未だ残る折り跡を一つずつ直していく臨也に、門田はやれやれといった風に肩をすくめた。


case4.彼女の場合


「という訳で色々あったけど、お前のことなんてこれっぽっちも好きじゃないんだからな!」

「は?」


=俺。


けなすのは俺だけでいい、
(けなしたついでに髪を引っ張ったりして)

見てるだけでイライラするし、
(引っ張りついでに頭撫でたりして)

でも他の奴に口出されるとなんか腹立つし、
(撫でたついでに腕を引いてみたりして)

認めたくないけど、そういうこと。
(そのまま抱きしめて、離さないんだ)

つまりは、すべてすべて俺だけの特権なんだよ!


20110615
好きな子いじめを地でいきます
(お互いにね!)
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