「はーあ、疲れたなあ」


珍しく声を上げて不満そうに漏らす臨也に目を向ける。
彼は声と共に腰掛ける私へ寄りかかってきていて、二人分の重みにぎい、とソファが鳴った。
肩に回した腕を組み、背中越しに頭を預けてくる様子からして、言葉の通り休憩を取りたいらしい。
彼に構う体勢を取るべく、手にしていた携帯は近くのテーブルへ置いた。


「お疲れ様」

「…ん」


くしゃりと緩く黒髪をかき混ぜてやると、尚更ぐいぐいと体重を掛けてくる。
そんなに退屈な仕事だったのかな、と先程まで彼が居たデスクを見やった。
乱雑に積み上げられた書類と、目に入った時計の針。
自分が思っていたより経過していた時間に驚いた。
声を掛けては邪魔になると思い知らず知らず沈黙を通してしまっていたけれど、それは臨也にとって必ずしも良い接し方ではなかったかもしれない。
私が知るよりも存外彼は寂しがりだから。


「臨也、頑張ったんだ」

「そうだよ。褒めて」

「ふ、」


まるで子供のように肩越しに見上げてきた視線に笑ってしまった。
言葉で褒めるにしてはいかにも子供扱いのようで少々語彙に困ったので、さっきと同じように頭を撫でる。
臨也の凝り固まったような肩から力が抜けて、耳元でゆるく息を吐いていた。
名前を何度も呼びながらそう繰り返していると、堪えかねたように臨也もソファへ身を乗り上げてきた。


「なに?」

「…もっと、」


くいと顎を持ち上げられて、臨也が噛みつくように唇を重ねてきた。
珍しくせっかちだ、なんて思う間も臨也はずっと物欲しそうにしていて、ほんの少しいたたまれない。
するりと腰まで伸びてきた手に思わずこちらから口を離し、尋ねてしまう。


「するの?」

「ん、だってさ」


額へのキスをして少し身を離した臨也は私をじっと見ていた。
「今日のワンピース可愛いね」なんて言葉が終わらないうちに、肌の上を滑った指は弄ぶみたいに肩紐をくいと持ち上げた。
僅かに作られた衣服と素肌の隙間に違和感を覚えて少しだけ身をよじる。


「もう一回、」


一回と言いつつも臨也はやたら繰り返し啄むようにキスをしてきて、だんだん互いの呼吸が乱れてくる。
はあ、と吐息を漏らした臨也が遠慮なしにずいと迫ってくるので、ついつい後ろへ身を引いてしまう。
これを続けたら、確実にソファに押し倒される体勢になるだろう。
いつの間にか私から見上げる位置に居る臨也が、首元にすり寄ってきた。
たまには甘えさせてと言うみたいに。


「ねえ」

「…なに?」

「君が身につけているこのワンピースと、ピンクのキャミソールと、ピンクのブラと、ピンクの下着と。一枚ずつ剥いでいったら、最後に何が残ると思う?」


恥じるでもなく慣れた様子で淡々と言うものだから、こちらもいやに冷静になってしまう。
しかし何と返していいものか言葉に窮していると、私の頬を両手で包んだ臨也が優しく言った。


「答えは、俺の大好きなきみ。」


率直な言葉に気恥ずかしさがこみ上げて、反対に臨也は楽しそうにふふと笑っていた。
ピンクをいくら重ねたってなり得ないような赤色を瞳とちらり覗く舌に携えて、彼は軽く私の肩を押した。
もうすっかり倒れかけていた身体が柔らかくソファに沈む。


「そんな君を食べちゃおうか?」

「その言い方、やだな」

「じゃあ普通に。セックスしよ」


さっきのお返しとばかりに、臨也は私の髪をさらさら撫でた。
その手つきはこれから始めることの雰囲気なんて微塵も感じさせないくらい穏やかだ。
今更ながら休憩だというのに疲れることをしていいものかと思ったけれど、お構いなしに肩へ回された腕が私を引き寄せる。
ぱちりと至近距離で目が合って臨也はまたも空気をこぼすみたいに微笑んだ。


「これからするのは疲れることじゃなくて、愛ゆえの行為でしょ?」


だから、いいんだよ。
最初は余裕なく見えた臨也も今は見透かしたように笑っている。
抱きしめた私へ次々と甘い言葉を降らせて、代わりに私がすることは素直に彼に身を委ねるだけなんて。
不公平な気もする。
けれど、何でもないように万事をつつがなく滞りなく進めてしまう彼が相手では、仕方のないことなのかもしれない。
優しくしてね、そう言う必要だってないのだ。


「優しくするから。…ああ好き、大好き」


私の考えと、さらにはその先に望む言葉だって、彼にとっては御しやすいこと。
たまらなくなって言葉にしたらしいそれの照れ隠しのように、臨也の指先が私のワンピースにかかる。
その奥に覗くピンク色は彼に取り払われて、それからようやく始めるのだ。
少しだけ目を閉じる。
もう一度名前を呼ばれたなら目を開けて、彼の背中に手を回そうと思いながら。
私だって好きだと惜しみなく愛を吐き出して、それを臨也に受け止めてもらうのだ。


ピンク色の


20110603
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