気付けば不運な感じだった。
私が好きになる男の人はことごとく彼女恋人果ては奥さんが居るような人ばかりだった。
他に好きな人が居る人の方が、いきいきしてて目が行っちゃうのね。
友人が分かった風にそんなことを言ってきたけれど、違うのだ。
本当に、何が悪いのか、私が好きになる人には必ず女の人の影がある。
私がそういう類の人を選んでいる訳ではない。
ただただ、不運なのだ。


「名前ちゃんってさ、いつも暇そうだよね」


にこにこ笑いながら言ってきた臨也さんにはあ、と気のない声で返事をした。
彼の部屋に居ながら二人は近くに居る訳ではなく私はソファ、彼はデスクと奇妙な距離を保っていた。
こういうスタイルが多いのである、この人とは。
私には分からない仕事をしていたり本を読んでいたり、料理をしていたりパソコンで何かをしていたり。
そういう時、気まぐれに寄っていくと臨也さんは気まぐれに構ってくれる。
これは果たして恋愛だろうか、と思い当たることもあるけれど、キスの終わりで遊ぶように唇を舐めた臨也さんを見ればまあいいか、となる。


「ほら、またぼーっとして。手持ち無沙汰ならコーヒー淹れてくれると嬉しいなぁ」

「はいはい」


二つ返事で立ち上がる私をちらりと見やって、臨也さんの視線はすぐに何かの書類へ戻った。
私がいつも暇だというなら、彼はいつも忙しなく見えた。
時々はただ二人で寝転がっているだけのような、どうしようもなく暇そうな日もあるから不思議なのだけれど。
ちなみに、私は悪い男の人にも引っ掛かりやすい。
臨也さんの本質なんてまだまだ見えないが、いい人ではないんだろうな、と何となく感じている。
キッチンに入る前に振り返った横顔は、第一印象と変わらず恋愛に疎くなさそうだ。
むしろ手慣れている。
仕草に初々しさなんて欠片も見えないし、びっくりするほど美人な女性を秘書として雇っていたりする。
やっぱり彼女は臨也さんの大切な人なんだろうか。
もやもやとポットから立ち上る湯気が無性に鬱陶しかった。


「ねえ、まだー?」

「はいはい」


離れた位置から掛かる催促にまた二つ返事をする。
こういうところ、私より年上なはずの臨也さんは少し子供っぽい。
先ほどまで臨也さんに関する女の人の影を考えていたのに、じっと待ちかねたように笑っている彼を見ればかわいいなあ、なんて。
私はやっぱり不運が寄ってくる人間だ。


「ありがとう」


こくりと一口流し込んだコーヒーに臨也さんは美味しいとは言わなかった。
ふうん、と勝手に納得したようにその苦味を舌の上で転がしている。


「なんだかごちゃごちゃした味だね」

「ごちゃごちゃ?」

「そう。だって君は今日一日の間…というより俺と知り合ってから今の今まで常に何か思い耽っているじゃないか」


たまに一緒に居る俺を忘れるくらいに。
言葉を落とした臨也さんは感情の読めない笑顔で私を見ていた。
衝撃というほどではないにしろ、感づかれていたことに驚きを隠せない。
聡い人だとは思っていたけれど、今のやり取りでますますこの人は洞察に長けている人なんだなと思う。
何と答えるべきか逡巡する間に、貼り付けた表情の口元だけ動かして、臨也さんが言った。


「実は俺、彼女居るんだよね」

「は」

「…なーんて言っておいた方が君は俺を好きで居てくれるかな?」


少しだけ悩むように眉を寄せて笑った臨也さんの顔が、ぼんやりと歪む。
なぜ彼が私の不運及び恋愛の経歴を知っているのか、引っ掛かりはしても気にする余裕はなかった。
ほっとしたのと、もどかしいのと、腹が立ったのとで、私の喉がひくりと鳴いていた。
ますます滲んで分からなくなる視界に、ぼんやりと黒い色が広がる。
臨也さんが私を抱きしめていた。


「好き、でっ、そういう人ばかり好きになる訳じゃありま、せん」

「そう?」

「そうなんです!」

「はは、ごめん」


勢いよく顔を上げればころころと頬を涙が転がっていった。
私が泣き出したことに狼狽えもせず、慰める訳でもなく、臨也さんは少し嬉しそうに笑っている。
さっきと違って腹は立たなかった。
だって、なんだか、とても優しく見えたから。


「俺は素のままの君が見れて嬉しい」


両手で顔を包むようにして、上向かせられた目線は臨也さんとぴったり真っ直ぐに合わせられる。
泣いていたこともあって、真正面で私を見つめてくる瞳にかっと顔が熱くなった。
それさえ分かりきった反応なのか、緩く頬をなぞり涙を取る彼は余裕の表情だった。


「彼女なんて居ないよ。彼女にしたい子なら今ここに居るけど」

「私…ですか」

「そう。俺、君が好きなんだもん」


最初にも言ったはずなんだけどなあ、と曖昧に笑う彼。
こうやって部屋に入れてもらえるようになるまでにお付き合いをしてきた訳だし、確かに好きとも言われたけれど…あの時にはまだ私は臨也さんを信じていなかったということだ。
なら、今は?


「別にゆっくりでもいいけれど、俺は君しか好きじゃない。それは覚えていてね。君の不幸は、今終わった」


弧を描く唇が瞼に軽く触れて、離れてはまた触れる。
今まで続いた私の諦めを少しずつ溶かし始めた臨也さんに、気付けば涙は引いていて。
その肩に置いた手へ力を込めている私は、既にもう彼しか見えていないと分かっていた。


20110418
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