毎日通学で電車に乗っていれば、いろんな人にすれ違う。 服がすごい人とか髪型がすごい人とか、関わっちゃいけないような人とか。 詳しく述べるのは避けておくけれど、たまには困ってる人が居たりして、自分が助けたり誰かが誰かを助けているのを見るのは好きだ。 だってマナーだとか助け合いだとか、大げさかもしれないけれど電車は社会の縮図なんじゃないかって思う時がある。 そして今も、私は地元駅に向かう電車をホームで待っていた。 さらには近くに困っている人が、だけど関わっちゃいけないんじゃないかな…と思うような人が、居た。 「うう、ぐす、ううあああああ!」 泣いてる。すっごく泣いてる。 その人は駅のホームで椅子に座るでもなく列に並ぶでもなく、とりあえずただただ泣いていた。 裾をぎゅっと握りしめて声を上げて泣く姿は子供のようだけれど、見間違いでなければ私と同じ年頃かそれより上に見える。 泣く理由は何なのか、泣き止む気配はない。 何にせよ、相手は小さい子供でもお年寄りでもない。 私がわざわざ声を掛けたところで、失恋したから泣いてましたと言われてしまえばどうしようもない。 ひっそりと電車を待っていようと思った時、その人がはっきりと言った。 「う、っく、ここどこおおおお!」 その言葉に、私だけでなく他の人も幾人か振り返ってしまった。 確かに日本語でここはどこ、と言ったその人。 どう見ても日本人だけれど、すぐ頭上にある駅名の看板に気付かない訳はないだろうし、外国の人なのかも…と色々考え出したら気になってしょうがなくなった。 ホームに滑り込んできた電車から目を外して列から外れた私は、その人に近寄ってみた。 「あの…あれ、分かります?」 試しに上の看板を指差してみた。 話し掛けたからか、声を上げるのを止めたその人の頬を涙がつうっと流れていくつも落ちた。 あ、綺麗なピンクの目。 「…分かんない」 幾分か落ち着いた、けれどしょんぼりしたような声でその人が答えた。 かなり流暢、というか全く違和感がない日本語だけれどやっぱり外国の人なのかも。 どちらかというと日本語に不慣れな感じではなくて、小さい子が話すようなたどたどしさが口調にあった。 白とピンクで構成されている服装はなんだか幻想的なのに、さらりとした黒髪だけが、やけにくっきりと存在を主張している。 なんだか不思議な人だなぁ。 「えっと、どこかに行きたいんですか?」 「新宿から来たから…新宿に帰りたい」 「し、新宿?それはまた、随分遠いですね…」 苦笑いしか返せなかったけれど、ここから新宿まで一時間は掛かる。 何しろ、私は一時間前に新宿駅を乗り換えで通ったのだ。 つまり定期圏内。特に用事もなし。 ここまで話し込んでおいて放っておくのもなぁ。 私のお人好し精神が疼くのが分かった。 「良かったら、案内しましょうか?付き添いますし」 「…いいの?」 「いいですよー」 「ありがとう!俺、サイケっていうの!」 「サイ、ケ…さん?」 にこにこ笑うサイケさんの言った名前が本当なら、やっぱり外国の人という予想は当たっているみたいだった。 英語で話した方がいいのかな… 一応義務教育の英語レベルは身に付けているけれど、自信はない。 「あの、どうしても分からなかったら英語も話せますよ。いや、拙いですけど…」 「えーご?」 「(しまった、英語圏の人じゃないっぽい…!)」 きょとんとしたサイケさんは相変わらずにこにこしている。 どこの国の人かは分からないけど、スキンシップは大事だと思い、握手をした。 繋いだ手をそのまま引いて、向こう側のホームに移る。 「…どこまで歩くの?」 「端っこです」 「端っこ?ふーん…」 不思議そうにするサイケさんを連れて端っこの列に並んだ時、ちょうどタイミング良く電車がやって来た。 乗り込んで、一つ空いた席を見つけた私に促されてサイケさんはそこに座った。 「さっき泣いてたから、疲れてるかなぁって思って」 「えへ、優しいね。ありがとー」 「あ…まだ頬濡れてますよ。これ、どうぞ」 私が取り出したハンカチをまじまじと眺めているサイケさん。 用途は分かるのか、顔をぐいぐいと拭いて、何故か仕上げに思いっきり洟をかんだ。 「……あ、の…」 「はー、すっきりした!」 「…すみません、それ良かったらあげます…」 「いいの!?わーい!」 生まれて初めて、貸したハンカチで鼻水拭かれてしまった… なんだかご機嫌なサイケさんのお国ではきっとそういう文化なんだ。 そうに違いない。 努めて明るく、私はサイケさんに笑いかけた。 「サイケさんって何歳なんですか?」 「2歳だよー」 「…は?」 「臨也くんに作られてからー、2歳!」 もう、そういう外国語だと思うことにした。 私がサイケさんを送り届ける旅はまだまだ始まったばかりだった。 20101124 不思議なあなたと出会う確率 |