しようか、って言ったから、した。
私と私の兄の臨也が不自然なくらい自然にべたべたと、互いに触れ合うことを指摘されたのは中学の時だった。
気付かされたのは私たちの異常性ではなくて、その事実を他人に言われ自覚したというどうしようもない悔しさだった。
私と臨也の、二人きりのことなのに。
身体の中を怒りや嫉妬がぐるりと駆け巡り、私は「おかしいよ」と言ってきた友人とその場で縁を切ってしまった。

私たちは会話のように息をするように、当たり前にそうしてきた。
部屋で漫画を読む時は背中同士をくっつけて寄りかかりあうし、ゲームをする時は臨也にくるまれるような位置で彼の膝に座っていた。
学校が別れて一緒に帰れなくなってからは、先に帰宅している私を見つけるなり「ただいま」と臨也は拗ねた顔で私の手に指を絡める。
背が伸びたと言う度に臨也は正面から私を抱き寄せて「近くなったね」とより近付いた距離で笑うのだ。

私たちが普通でないと知ったからといって、兄であり男である臨也を意識して気恥ずかしくなるということはなかった。
むしろ優越感が増した。
近い近い存在をもっと引き寄せたくて独占したくて、前より臨也に触ることが多くなっていった。
臨也が何を思って私に触れてくれるのか、気になることは一つだけで、それでも訊くほどのことではないと思った。
私は充足していたから。
指先で袖を引く。
察したように伸びてきた手のひらが私の手を握る。
髪をいじくられている間はその肩に身を寄せて、そうして目を閉じたらもう何もいらないと思えた。

しようか、と簡単に臨也が言ったのは夏の昼間だった。
うん、とやはり簡単に私は答えてしまった。
きっと性も欲も何もかも分かっていなかったのだ。
いつもより促すような勢いと求めるような力が強くて流されて、すぐに頭がぐちゃぐちゃになってよく分からなくなった。
私の肌を滑る指先はいつもよりたどたどしく震えていた。
私は臨也が好きだった。
好きでなければ、きっと嫌だと思う気持ちの一つも浮かんだだろう。
そんなものとは程遠い。

茹だるような暑さとほどほどの疲労感が入り混じっていた。
衣服を整える臨也の感情が読み取れなくて、少し汗に濡れた髪をついと指で引く。
すぐに気付いたらしく、その手はお返しにとばかりに私の頬を優しく撫で上げてきて、ほっとする。
どうかした?、と降ってくる声に僅かに間を空けて臨也とキスしたいの、と呟けば輪郭をなぞっていた指が暫し止まった。
起き上がって臨也と向き合う私に反して彼は顔を俯かせ、視線は交わらなかった。
今までいくら触り触られても、たった今肌を重ねたって、私たちは未だキスをしたことがない。
それは寂しいことのように思えた。
どうしてキスしたいの?
重ねて問う臨也の声は落ち着きがない。
答えるべく、薄く開いた口から出た声は部屋の中でよく響いた。
唇から、心が溢れて通い合う気がするから。

言い終わるか終わらないか、くいと両手が私の顔を上向かせ、額辺りにぼんやり柔らかい感触があってすぐ離れた。
臨也は諦めと取れる表情で首を振って、なら俺たちは尚更しちゃいけないね、と薄く笑った。
今ので宥めたつもりか慰めたつもりか、それきり臨也はしばらくぼうっと窓から見える夏空を眺めていた。
私は臨也がさっき伸ばしてきた手を子供のように離すまいと握っていた。
愛おしい手のひらを見つめているうちに段々と心が冷えていったのは、それからの私たちをどこか予感していたのかもしれない。

そうして終わっていった。
翌日から私に手を伸ばすことをやめた臨也に、私は何もできなかった。
しようか。
そう囁かれた時に抗えない衝動から私が承諾をしたように、臨也から触れてこないならば私から触れることなんて出来るはずがない。
どんな時でも私の決定権を揺さぶってしまうほど、彼の存在は大きかった。
いくらか私たちが成長して、臨也が彼女を作ったと知ってから私も男の子とお付き合いを始めた。
優しく穏やかな人だった。
いい人に出会えて良かった、とも思う。
臨也を忘れることはなかったけれど、確実に時は過ぎていった。

いずれ私が彼と結婚すれば、名字は変わる。
既に家を出た臨也との繋がりは完全に絶たれるだろう。
寂しいとは今更思わない。
けれど、あの日確かに私だけを見て微笑んだ臨也を、熱い息に混じって呼ばれた名前を、嘘紛いでも鼓膜に触れた好きや愛してるを、私は色濃く覚えている。
泣くほど懐かしく、愛しかった日々を忘れることは二度とない。
私は臨也が好きだった。


20110415
何より遠くて大切だった人
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