静雄が好きなんだ、という言葉が反芻して止まない。 それが告白された当人の静雄の話であったなら、どんなに私が嬉しかっただろう。 残念ながら私の声で、私の言葉が、私の頭で繰り返されているだけだ。 そしてもう一つ何度も思い出すのが、私の言葉を聞いた静雄の顔だった。 サングラスが少しずれた先の丸い瞳とぽっかりと開いた口はとても、とても可愛かったのだけれど、驚愕以外の感情を読み取れなかったそれは時間が経つほど私を苦しめる。 静雄は、一体どんな風に思ったんだろう。 「…わっ、と!」 崩れかけた体勢を何とか持ち直す。 私は、池袋の街中を走っていた。 言い逃げだけはしないと決めていたはずの私の根性はやっぱり情けなくて、静雄の無反応にはどうしても耐えられなかった。 ひたすらその場から逃げ出したくて、がむしゃらに走りたくなって、曲がり角で紀田くんたちにぶつかりそうになったり視界の隅に門田くんを入れたりしながら駆け続けた。 青春からは遠く離れた年齢になった今、こんな私はただただ滑稽だった。 やはり、情けない。 駆け込んだ公園のベンチに寄りかかり、上がった息を吐き出す。 「やっちゃったなぁ…」 呆れればいいのか怒ればいいのか分からない。もちろん自分相手に。 日中の、それも街の中だ。 いくら静雄が年中取り立ての仕事をしていて、休憩の合間くらいしか空きがないとしても、人目はあった。 静雄は嫌だったろうか。 これから気にしてしまうだろうか。 …違う。本当は私が気にしてしょうがないだけ。 たとえ次に会った時に静雄がいつも通り笑いかけてくれても、私は笑える気がしない。 「おい」 思わず俯かせていた顔をがばっと上げてしまい、少し後悔した。 私を追いかけてきたらしい静雄は息一つ乱さず、公園の入口からじっと私を見据えている。 逆光に映える金髪はさらりと綺麗に光っていた。 結構な距離を逃げてきたと思ったのに、静雄から逃げおおせはしないんだと今更実感した。 逃げ切ることが可能なのは、うん、臨也くらいだろう。 私の体力は既に限界だ。 すたすたと間合いを詰める静雄に自然と足を後ろへ引きそうになるけれど、私が動く前に彼は僅かに距離を空けて立ち止まった。 私が逃げ腰なのを敏感に察知したのかもしれない。 「お前、無茶苦茶に走り回ってんじゃねえよ。おかげで来良の奴らに門田にサイモンにセルティに、果ては臨也の野郎にまで行方を訊くはめになったろうが」 「ご、ごめん」 私としては放っておいてくれて良かったのだけれど…とは言わなかった。 だってそれは所詮頭で考えていることで、実際は目にした静雄の姿にどうしようもなく胸が苦しいし、また会えたことが嬉しい。 静雄は煙をゆるく吐き出したのち、短くなった煙草を携帯灰皿へ放り込んでいた。 告白した時点では確か吸っていなかったはずだ。 それをくわえたまま追いかけてきたのだとしたら、器用な男だと思う。 「まあ、なんだ。聞きたいことは山ほどあるんだけどよぉ、とりあえず来い」 「は?」 「いいから、こっち来い」 その言葉を訝しく思いながらも静雄を怒らせたくはないので、言われるがままに少しずつ間合いを詰める。 相手の位置が数歩先、というところで静雄は軽く両腕を広げた。 何かを待ち構えるようなその動作にまさか、と思ってしまう。 私の困惑を知ってか知らずか、静雄はさっぱりと、恥ずかしげもなく言い切った。 「続きは全部、腕ん中で聞いてやる」 「な、何言ってんの。意味分からないよ…」 「…正直俺も混乱してんだよ。嬉しかったから」 静雄の言葉にびっくりしている間にも「ん、」と催促の声が掛かる。 いつもは感情豊かな静雄が、今に限っては落ち着き払っていて何を考えているのか読めない。 おそらく、彼が言った通り本当に混乱しているのだろう。 それを上回る混乱の最中に居るのは、私だ。 「名前」 静雄が宥めるように優しく笑って、私を呼んだ。 途端、彼の元へ駆け出してしまいたい衝動が湧き起こる。 大好きなひとが、私の名前を呼んでいる。 そのことは私を奮い立たせ、しかし飛び込むほどの度胸には至らず、おずおずと静雄の前に立った。 軽く頭を撫でられたあと、ついに私はその大きな手のひらと力強い腕に捕まえられてしまった。 「ったく、手間掛けさせんな」 「…静雄、苦しい」 「あー、悪い。力強かったか?」 「違うけど、静雄が好きすぎて苦しい…」 我ながら恥ずかしいことを言ってるなとは思った。 耳元で静雄の笑い声が落ちてきて、照れ隠しにとその背中あたりの服をきつくきつく握りしめる。 声どころか、身体さえも震えて、心が揺さぶられる。 好きという気持ちで、私はいっぱいいっぱいだ。 「お前は弱っちいな」 その単純な、けれど決して馬鹿にしたようには聞こえない言葉に目一杯の愛が詰め込まれていることを、私が知るのはもうすぐだ。 糖死してしまうから離して 20110413 企画「メラート」様に提出 |