お酒って怖い。
素面から見た酔っ払いという生き物は総じて怖いものだが、下戸の私からすれば尚更だ。
酔いつぶれてハイテンションな友人や同僚に振り回されたり付き合ったり世話したり。
そんな経験は今までに何度かあったが相手が臨也なのは初めてだ。


「会いたかったよー、名前!」


新羅宅のドアを開けるなり飛びついてきた臨也は顔が真っ赤っかで、声がやたらでかい。
呂律の回らない声で何やかんやまくし立てては楽しそうにけたけた笑っている。
仕事に追われ疲れ果てたこの身にはついて行けない彼の上機嫌っぷりに溜め息しか出ない。


「やあ、やっと迎えが来たね」

「…新羅、恨む」

「こっちこそ。君、臨也の誘い断ったりしなかった?店で飲みたくないとか言って臨也が家に大量の酒を持ち込んでさ、あれは着いた時から既に酔ってたね」

「仕事だったし。そもそも残業上がりの女に酔っ払いの男押し付けるって…」

「多少は付き合ってあげなよ。臨也も一人じゃ寂しいんじゃない」

「ぼっちって言うな!」


言ってない言ってない。
唐突に叫んだ酔っ払いは放っておくとして、部屋の奥で何やら謝るようなジェスチャーをしているセルティに構わないと手を振る。
確かに面倒臭いけれど、こんな状態の臨也をセルティが送れるはずもないし、それを新羅が許す訳ないだろう。
鬱陶しくすり寄ってくる臨也はとりあえず引き剥がしておいた。


「名前あったかいー」

「あんたの方が熱いんだけど」

「ほら出てった出てった。臨也は金輪際僕とセルティの邪魔しないでね。次からは名前に絡んで」

「ちょっと新羅、ただの腐れ縁なのは同じ学校だったあんたもよく知ってるでしょ」

「いいから早く臨也の家に連れ帰ってよ」

「折原臨也帰宅しまーす!あはははは!」

「うるさい!近所迷惑!」


ふらつく臨也に靴を履かせて何とか引っ張り出したところで、即座にドアを閉められた。
まだ私が居る手前で鍵にチェーンとは、ちくしょう新羅め。
一応自分一人で立てている臨也の腕を引き、車に押し込んだ。
密室だとより酒臭い。
呆れながら臨也のマンションまで軽自動車を飛ばす。


「臨也ー、鍵」

「…ん」


言い聞かせるようにしてようやく鍵を出させ、放るように臨也をソファへ置いた時には随分時間と体力を消費していた。
自分もぐったりとソファへ寄りかかる。
ベッドまで運んでやらなかったのはせめてもの意趣返しだ。
首寝違えろ。
うんうん唸っている臨也に水を汲んできてやる。


「ほら、頼むから吐いたりしないでよ」

「うー…」

「お風呂とかは明日にして寝ちゃいなよ。私も帰りたいし」

「…名前、帰んの?」


ふらっと下から見上げてきた目つきが据わっている。
その怖さに引いていると、臨也は途端に目を潤ませてぐすぐす泣き出した。
絡み上戸の次は泣き上戸か、忙しい男だ。
滅多に飲まないのに飲んだりするから、と言いかけたところで、ひしと抱きつかれて危うく悲鳴を上げかけた。


「やだやだ、名前が居ないとやだ」

「ううう、それ可愛くない!離して!」

「…さびしい」


ひぐひぐと嗚咽混じりに呟かれた一言。
いい年して情けない姿ではあるけれど、臨也のメールを忙しいからと後回しにしてしまった責任はある。
とはいえ、少し勝手がすぎるだろう。
未だに私のお腹あたりに引っ付けられている頭をこつんと小突く。
ゆっくり臨也が離れる。
仕方ないから寝るまでは付き合うとしよう。


「はー、臨也は子供みたいだね」

「…で、君は」

「え、なに?」

「なんで君は俺のものになんないの。いつだって待ってるのに。シズちゃんとかドタチンには優しいくせして俺は除け者?仲間外れですかそうですか、俺はどうせぼっちだしね」

「い、臨也…?」

「今日だって久しぶりに会いたいなあって思ったのに、名前はそっけないし…俺の気持ち知らないからってひどいよ、」


いつだって待ってるのに、と臨也は繰り返した。
言ってることは我が儘な子供みたいで、けれど涙の露を蓄えた赤い瞳と真剣な表情は心臓に悪い。
じいっと見上げられて、思わず目を逸らす。
すると臨也は俯いてまた愚痴を零し出す。


「やっぱり名前は俺が嫌いなんだ…嫌々付き合ってるんだ。今も俺のこと面倒臭いに決まってる」

「なんか臨也らしくないよ…もう寝ようよ、ね?朝になったら元気出るよ」

「じゃあ名前と寝る」


繰り返すけれど、お酒って怖い。
あの臨也がこんなこと真顔で言っちゃうなんてもう駄目だと思う。
照れとか湧く余裕もない。
しっかりと私の腕を捕まえて臨也は尚もべらべら喋っていた。


「ね、ほらいいでしょう。何もしないから。ひっついて寝るだけだから」

「それは十分問題があると思うんだけど」

「名前はわがままだね」

「どっちが!臨也言ってること変だし、いい加減に…」

「でも本気なんだよ」


ぐいと腕を引かれてアルコール臭い臨也に抱き留められた。
ソファに並んで寝転んだ形で、頭上でぼそぼそと何か言っていた臨也はすぐに寝入ってしまった。
相手が酔っ払いではなく勝手に眠り込んで黙ってしまうと、少しずつ恥ずかしさを感じる。
こんな状態じゃなければもう少し私もいい言葉を返せただろうに、臨也は馬鹿だ。
次の日は休日だから良かったけれど、私たちは揃って首を寝違えた。
数日長引いて、それはそれは痛かった。


20110324
酔った勢いとか言わないで
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