・自分が(半分)猫になりました


「あっはっは!どう見てもコスプレ!」

「ですよねー!どうせそんな反応だろうと思ったよ、ちくしょう臨也表出ろ」

「やだよ、寒いし」


真っ先に腹抱えて笑った臨也は他人事だと思って私の苦悩を半分も理解していないに違いない。
理由の分からない耳と尻尾に困り果てている彼女を指差して笑う奴がどこに居る。ここに居た。
やっぱり臨也を頼るのは得策じゃなかっいたい痛い痛い!


「え、何これ本当に付いてんの?」

「だーからそう言ってるでしょうがあ!いきなり引っ張るとかやめてよね!」

「尻尾の毛逆立ってるし。面白ーい」


驚くよりも先にけたけた笑う臨也が憎い。
思いきり抓るように触られたものだから、耳がぺたりと頭に伏せている。
恐怖という本能が働いてるんだ。
このままじゃ単なる好奇心からおもちゃにされる。


「…何その体勢。威嚇?」

「あ、あれ!いつの間に!」


上半身をぐっと低くして、下から相手を睨むように四つん這い。
自分がいかに恥ずかしい格好をしているのか理解した途端、思わず姿勢を正して正座し直していた。
尻尾がぴんと真っ直ぐに伸びている。
別にこんな場所まで気を張らなくていいのだが。


「こっちも本物なの?針金とかじゃなくて」

「…っ!ぎにゃー!」


尻尾を力強く握られて変な声が出た。
こ、これは気持ち悪い。
ぞわぞわ這い上がる嫌悪感と身体の一部を押さえつけられるイライラに、猫が尻尾を触られて嫌がる感覚を理解した。
出来ればこんなもの一生知らないでおきたかったよ。


「やめ、やだっ」

「尻尾の根元握ると力抜けるって本当かなぁ。試していい?」

「…っ、…っ離せー!!」


バリ、と嫌な音と感触があって、互いに唖然とした顔で見つめ合った。
私の爪には血の付いた跡、臨也の手には立派な引っ掻き傷が。
さーっと血の気が引く。
この鋭利な傷跡は本当に私が付けたのか。
信じたくなくて固まっていると、手をぶらぶら振った臨也が言う。


「いやー、悪い猫だなあ」

「い、今のはわざとじゃなくて…元はと言えば臨也がっ」

「言い訳は聞いてないよ。ほら、暴れない暴れない」


たらりと血が垂れてきている手が伸びて、私の両腕を捕まえる。
拘束されるような形になって身をよじるがびくともしない。
机に手を伸ばした臨也が私の目の前に持ってきたものに混乱した。
よく見慣れたその道具をカチカチ鳴らして臨也は笑っている。


「爪切り、しようか?」


つめきり。
その四文字にとてつもない不快感を覚え、必死に逃げようとするが楽しそうに体重を掛けて押さえつけられ、止められる。
爪切りなんて普段は自分でしている。
けれど今はその道具が凶器か何かにしか見えなくて、恐ろしくて堪らなかった。


「やだ!やー!」

「言葉まで変になってきてるよ。なんか幼いね」


私の感じる妙な不快感も承知した上での笑顔で臨也がパチン、と爪を切り始めた。
嫌がる私と楽しむ臨也の攻防は数分間続き、終わった頃には力なく寝転がるしかなかった。
短い爪が気持ち悪い。
自分で研がなかった爪が気持ち悪い。
わざわざ切られなくても適当にどこか引っ掻けば…ってだんだん言うことが変になってる。
恨めしく臨也を見上げれば、座ったまま私を見下ろす臨也と目が合った。
相変わらず面白がっている顔で私の(猫)耳をふにふにと弄ぶ。
ちょっと気持ちいいのが悔しい…
撫でられる猫ってこんな感じなんだろうな。


「あ、猫の耳と尻尾が付いたからってにゃんにゃんするとかいう展開はないよ?」

「死んで」

「そもそも今の名前ってノミとか居る?」

「ますます死んで」


ごろりと背を向ければ、機嫌を取るような甘い声がする。
そんな風に名前を呼ばれたって行かない、おいでって感じで膝を叩いたって絶対行かな…勝手に身体が動いてしまった。


「膝枕気持ちい?」

「もう羞恥心で死ぬ。むしろ殺して…」

「やーだ。文字通り猫可愛がりってやつ、してあげるからさ」


真上から降ってきた優しい声。
ペットと飼い主の関係は、時に恋人同士よりも甘い。


20110223
にゃん
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