「提案しよう。一週間、俺といいことをするオトモダチになってよ」


夕日の色が支配する図書室で、私を押し倒した折原くんが言った。
じっと見上げた先、彼は相変わらず張り付けたような笑みを浮かべている。
橙色に染まった天井を背後に赤い瞳が揺らめいて、なんだかこの人はいつも物足りなさそうな目をしているな、なんて思った。


「何か言いたそうな顔だね」

「別に」

「気遣わなくていいよ、言って?」

「なら、遠慮なく。相手が私で折原くんが果たして一週間飽きないでいられるのかなぁ、って」


私の言葉に少し身を引いた折原くんが、暫し気の抜けた顔をした後に声を上げて笑った。
とても楽しそうな顔だ。
けれど、どうしても純粋な笑顔には見えない。
ひとしきり笑った折原くんは私を覗き込んで言った。


「もっと長く付き合おう、なんて言う子は居たけれどね。飽きられそうだなんて言うのは君が初めてだよ。わかった、やっぱり二週間にしよう」


折原くんのことだから「もっと長く」と言った彼女たちとは言い渡した期限より早く手を切ったんじゃないだろうか。
それを見越して私はあんなことを言った訳だけれど、別に思ったことは嘘ではない。


「料金ははずんでおくよ。条件は割といいと思うけれど」

「いらない」

「え?」

「お金はいらない」


私が静かに主張すると、折原くんはますます不思議そうな顔をした。
少し意外だ。
彼ならば「こんないい男とするんだから、逆にお金を貰いたいよ」くらいは言うと思ってた。


「じゃあ、なんで君はこの話に乗る訳?」

「同じだよ」

「同じ?」

「折原くんと同じ。ちょっとした好奇心」


折原くんが初めて笑みを崩し、少し不愉快そうな顔をした。
人を面白がる割に、自分に対してそれを言われると癪に障るようだ。
思った通り、プライドが高い。
私に思い知らせるように、折原くんが唇に噛みついてきた。
私もとんだ嘘つきだ。
彼を好いていることを隠したまま、私は折原くんといかがわしいオトモダチになったのだ。


「俺のこと、臨也って呼んで。女の子にはみんな、そうさせてるんだ」


ホテルのベッドに私を組み敷いた折原くんは淡々としていた。
臨也、と呼べば満足そうに彼が覆い被さってきた。
それが一回目。
思っていた以上に何てことなく、男と女を演じた私たちは事を済ませてホテルを出たあとに並んで歩いていた。


「送っていくよ。こういうことした日はいつだって送るから」

「そう」

「あ、ちょっと待ってて」


コンビニに立ち寄った折原くんはアレを沢山買い込んでいた。
しかも詰め込んだ商品はそれだけ。
割と潔くて、そして最低だった。
きっと送るというのは建て前なんだろう。


「俺、お金なしにこういう仲は君が初めてだなぁ。良かったよ、結構楽しめそうで」

「それはどうも」


そんな感じに擬似恋愛を続けて、ホテルやら彼の家やら私の家やら。
意外と普通に、それこそ何事もなく、私と彼の日々は過ぎていった。
一度、こんなことを言われたことがある。


「名前ってさ、大して表情変わらないよね。する前もした後も」


つまらないかと返せば「ううん。支配欲っていうの?俺の手で歪めたくなってぞくぞくする」と言われた。少し引いた。
こんなこともあった。
彼はふと、本当に唐突に、一緒のベッドに寝ている時に甘えてきた。
ぎゅっとしがみついてきて離れないし、何も言わない。
後ろから抱きしめられるから、表情も見えない。
ただ黙って数分間そうしたあと、何でもないように離れた。
もしかして折原くんは極度の寂しがりで、誰か女の子に引っ付いていないと死んでしまうのかもしれない。
そう気付いた頃には契約から一カ月が経っていた。
彼は何とも言わなかった。
だから今もだらだらと関係が続いている。


「寒くなったねぇ」


隣の折原くんが言った。
今では送りだけではなく、行きだって並んで歩いて行く。
しかも手を繋いで。
彼がそうしたいと言うから私はただ従った。
折原くんの手はいつも冷たい。


「コンビニ寄っていい?」

「いいよ」


腕を引かれて暖かい店内に入る。
ほう、と落ち着いた溜め息を吐いた私を折原くんが振り返った気がした。
彼が缶コーヒーやお菓子を手に取るのに何となくついて行く。
結局二人分の飲み物だけを手にした折原くんを見て、つい声を掛けた。


「今日は買わなくていいの」

「…ん、今日は買わない」


何を、と言わなくても伝わってしまう私と彼の関係。
それがなんだか虚しくて、暖かい場所なのに心が冷えた気がした。
コンビニを出て、私にココアを手渡した折原くんは無糖のホットコーヒーで指先を温めていた。
片手は私と繋いでいる。
彼が歩き出した方向が彼の家でも私の家でもなくて、首を傾げる。
ホテルはここ最近使っていない。


「ねえ、臨也」

「なに?」

「もしかして今日はしないの?したいからメールしてきたのかと思ってたのに」


立ち止まった折原くんが振り返る。
私は彼の表情を見て少し身体を固くした。
折原くんは少し顔を俯けて、小さく呟いた。


「公園、行こう」

「え?」

「いいでしょ?たまにはデートでも」


たまには、というか私と折原くんがデートなんて初めてのことだ。
笑って前に向き直った折原くんは少し早足で、私の手を引く。
さっきの泣きそうな怒ったような顔は何だったのだろう。
私より大きな彼の歩幅について行って、少し汗ばんできた頃に公園に着いた。
ここは少し大きな公園で、噴水があったりする。
ただ寒い季節のせいか、人気は少なかった。


「広いね。…あ、遊具もある」


つい懐かしくなった私は折原くんの手を離し、噴水へ近寄った。
こうも寒いと噴き上がる水に対する感動は薄いけれど、こんな風にさえ過ごしていれば私と折原くんは普通の関係に見えるんじゃないかって。
一瞬でもそんなことを考えた私が馬鹿馬鹿しくなって、わざとらしく笑った。
振り向いて、彼の名前を呼ぶ。


「いざ、」


すぐ後ろまでやって来ていた彼に驚く暇もなかった。
呆然とする私の頬を冷たい手がするりと撫でてから肩を掴んだ。
折原くんの黒髪が揺れる。
伏せた目が閉じられる。
そのまま折原くんは私を引き寄せて、腕の中に収めた。
噴水の立てる音だけがざあざあとうるさい。
私の髪を指で梳いたり顔を首筋に寄せたりしながら、折原くんは緩く息を吐いた。
それは今まで甘えられた時とよく似ていて、全く別のものだった。
彼が呻くように私を呼んだから。


「名前」

「う、ん」

「名前…」


それしか言わない折原くんの声は震えていた。
私の腰辺りで組まれた腕が緩む気配もない。
無性に泣きたい気分になって、私は言葉を飲み込む。
私はまだ、心の中では彼を名字でしか呼んだことがないというのにね。
出会いが最悪でなければ、こんなに苦しい気持ちで彼に抱きしめられることもなかったのかな。


20101119
君と居た時間が愛しくて、けれどこんな結末になるならいらなかったよ
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