「はあっぴーばれんたいーん。思うんだけどさ、このハッピーてどこから来たんだろうね?相手が受け取るか受け取らないかで女の子の命運は決まる訳だし、渡す前からハッピーか否かなんてわからないだろ?男にとってもそうさ、好いてもいない相手からチョコもらってもねえ。誕生日や新年の挨拶みたく何でもかんでもハッピーてつければいいものじゃないよね。まあその、寒いからとりあえず入れろ。みたいな?」 ドアをすぐにでも閉めたくなるような長ったらしい且つうざったい台詞とともに、黒い奴襲来。 苦々しい顔でノーリアクションのまま突っ立っていると、脇をすり抜けて勝手に臨也が上がった。 「お邪魔しまーす」って、うん分かってるなら邪魔だから帰ってくれないか。 遅れて靴を脱ぐと、お湯で冷えた手をざぶざぶと洗い、リビングの暖房の真下で温風に当たっている。 「あー、あったかー」 「何しに来たの…」 「外見た?雪降ってるよー。マジ寒い」 はぐらかす気もないのか、自分の話したいことばかり話す臨也の鼻と頬が少し赤い。 雪が僅かに付いているコートは無理やり預かって、雪を払ったあとに干しておく。 放っておいたら我が家が濡れる訳だし。 戻ってきたら、臨也はきちんとテーブルの席に着いていた。 その視線の先にある箱に、思わず声が出る。 「…なにそれ」 「ん?見てわからない?某有名菓子店のガトーショコラ!しかもワンホールだよ。すごくない?」 はしゃぐ姿にむっとする。 わざわざ自慢するためにここまで来たんだろうか。 昔からよく行動がわかんない奴だけど、一人者に対する嫌がらせなのかもしれない。 淹れてあげた熱い紅茶に掛けた時間と労力を後悔しながら、口をつくのは皮肉だった。 「本命にしても随分とおっもい愛ね」 「そ。おっもいんだこれが」 ティーカップを置いて、臨也は言うよりは軽いであろう箱を摘み上げてみせる。 へらへらしてるけど、お返しはどうするつもりなんだろう。 私でも知っているくらいの店だ。 バレンタイン当日にこんなケーキ、長いこと並ばないと買えないに違いない。 ふと。 今日の臨也の第一声を念頭に置くならば、このケーキをあげたどこかの女の子の命運はハッピーで、臨也も好いている相手から告白を受けたことになるだろう。 こんな風に臨也と話しているのが急速に馬鹿らしくなってくる。 本当、なんで私の家なんかに来たの。 「臨也の言いたいことはよく分かったよ。だからさ、ほら早く帰ってそれ食べれば?」 「なんで?」 「なんでって…まさか私と食べようと思って持ってきた訳じゃないよね。不誠実にも程があるっていうか」 「君こそ何言ってんの?俺の言いたいこと全っ然分かってないじゃん」 機嫌がどんどん下降していく私に対して、臨也は不思議そうに首を傾げるだけだった。 いい加減怒ってやろうかと口を開いて、それを遮ったのは他でもない臨也の行動だった。 私に向かって差し出された箱をまじまじと眺めてしまう。 さっき見た通り、覚えのあるロゴに可愛らしくリボンの飾りまで付いて。 そして何故か、よく見もしなかったメッセージカードには臨也の字で私の名前、が。 「何か勘違いしてない?最初に言ったはずだよ、ハッピーバレンタインって」 「なん、…どういうこと?」 「いい?よく聞いて。君に分かりやすく言うと、おっもい愛の本命を渡しに来たんです。君が食べたがってたケーキとして、ね」 やっと理解した?と笑う臨也は私の熱い顔と思考に気付いているのか、いないのか。 他人事と思い聞いていた話をいきなり自分自身に突きつけられて、頭がぐるぐるする。 そうだ、確かにバレンタイン特集のこのガトーショコラを食べてみたかった。 自分のために買うなんて、恥ずかしくてしたことなかったけど。 「言っとくけど、女の子だらけの行列に並ぶのも相当勇気が必要だったよ」 「…ごめん」 とっさに謝ってしまうのはなんでだろう。 臨也がわざわざこんな微妙な時間帯に訪ねてきたのも、並んでこれを買ってきたせいかと思うと、余計に何も言えず俯いた。 黙りこくる私を見た臨也が、再び口を開く。 「実は話には続きがあって」 「続き?」 「渡しついでにお返しをもらいに来たんだよ。本命に見合うようなものをさ」 くるりと踵を返し、台所に向かって歩き出した臨也を必死で止める。 羞恥やら何やらで半泣きの私を笑う臨也の顔は、からかいではなかった。 「ま、まだ途中だから…!」 「やっぱり作ってたんだ。家入った時から甘い香りしてたけど、俺が来なかったらどうするつもりだったの」 「…自分で食べてた」 「ははっ。じゃあ出来上がるまで待ってるよ、でもその前に」 臨也の服を掴んで引き止めていた私をそのまま引き寄せて、優しいキスがひとつ。 くっついてから離れるまで、ただぽかんとしていると、とどめの一言が降ってきた。 「チョコよりなにより、君の気持ちを一番にもらっておかないとね。ごちそうさま」 0214、さあ愛の告白を 20110214 こんな甘ったるい一日を誰が想像しただろう! |