※波江さん大好きな主人公


「波江さんって、素敵ですよね…」


……。
何これ。俺が同意しなきゃいけない流れ?
ほう、と息を吐いて至極幸せそうに呟く彼女。
そんな様子を微妙に冷えた気持ちで、というより苦い気持ちで見やれば「ね?」と念を押してきた。
あー、はいはい。
そうだね。君の視点から見れば素敵なんだろうね。


「やっぱり臨也さんって見る目ないです」

「なんか腹立つなぁ。上司様に逆らうのはどの口?」

「私の口ですけれど」


さっきから色々喋りつつ手は休めない無駄に有能な彼女の横に、同じくてきぱき働く助手(こちらは無口)が居た。
波江さん波江さんって、本人の目の前だよ。
当の彼女は淡々と「いいから仕事を進めなさい」と部下に告げる。
部下の彼女は頭を撫でられ嬉しそうだ。


「今のって、撫でる必要性なくない?」

「あら、こうした方がこの子はより長い間大人しいのよ」


確かに、撫でられていた頭を押さえ、目をきらきらさせている。
子供か。
跳ねるような足取りでソファに腰掛ける自分の前を横切った彼女はまあ、見ていて面白くはない。
君の言う素敵な上司は彼女一人ではないと思うんだけれど。


「臨也さん、何ぼーっとしてるんですか。雇い主が一番働かないなんてダメダメですね」

「よし、名前ちゃんちょっとここ座ろうか」


いらっとしたので、もう一度目の前を横切る際に彼女を捕まえた。
腕を引き隣に座らせれば、全く平素の態度のまま手にした書類をめくり、たまにペンで書き込みをしている。
その何したって平気です、みたいな態度が気に食わないんだよ。
彼女の仕草一つで喚き騒ぎ立てるのに、俺には興味皆無ってところが。


「……、君さあ」

「何でしょう」


相も変わらず平然としている彼女と、相反して怒りを募らせる俺に波江さんが溜め息一つで部屋を出て行った。
そうだよ、今から俺モード発動するんだから邪魔しないでくれ。
なのに彼女の動向ばかりは敏感に察知する隣の彼女は「ああっ波江さん…」とか何とか言っていた。
むかつく。


「美人、でしょ」

「はい?何です、藪から棒に」

「他にも肌が白い、黒髪が綺麗、スタイルがいい、冷静沈着、優しい、美脚、かっこいい、判断力がある、計画的、仕事が早い…まあ全部は挙げきれないよ。これは君が彼女に言ってきた褒め言葉だ」

「全て事実ですから。それで?」

「…男に対してとするなら、屈辱的な言葉も多々あるんだけど、さ。今挙げたこれって、俺にも当てはまると思わない?」


寄った分だけ、ソファが傾いて沈む。
両手の間に閉じ込めた彼女を見る。
ちょっとくらい、靡いたっていいだろう、と期待を込めて。
ゆっくりと顔を上げた彼女は、至近距離で笑ってみせた。
俺の思考がぼんやり霞むような、言ってしまえば見惚れるような営業スマイルを超えた笑顔をしてみせた。
可愛い、けれどいい予感はしない。


「自惚れるのも大概にしてくださいよ、臨也さん。ふは、はははは」

「あー…おかしいな、好意を寄せているはずの君を殴りたい」

「ふ、ふふふ、可笑しい」


ひとしきり笑った彼女から羞恥と苛立ちの極みで目を逸らしていると、不意に頬をつつかれる。
冷たい感触は、彼女の持っていたペンの頭だった。
逆側のペン先だったら大惨事だったよ。


「甘いですね、激甘です。臨也さんは」

「……何が言いたいの」

「小一時間ほど私の一挙一動にいちいちストレスを感じて、普段の七割ほどしか作業を進められていないような臨也さんはお世辞にも仕事が早いとは言えませんね。波江さんの足元にも及びませんよ」


何とも言い返せず、複雑な感情に苛まれて唸った。
ペンを手にした腕だけを突き出して、膝を抱えるようにして俺の腕の中に小さく収まりきっている彼女。
笑いを堪えながら、楽しそうにする姿はやはりいつも通り俺の好きな、食えない女の子だった。
拗ねればいいのか、怒ればいいのか。
どれも合わない気がする。


「楽しいですね。臨也さんのその何とも言えない顔、結構好きですよ」

「…俺はまた、君に敵わなかった訳だ。ああ、ちくしょう」

「あまり見かけに似合わない暴言を吐かない方がいいですよ。ファンの女性方に驚かれます」

「どうだっていいし。そんなの」


ソファから勢いよく身を起こせば、反動で彼女の身体が小さく揺れた。
たまに、全てわざとなんじゃないかと思う時がある。
それは一体どこから?
俺を怒らせるのが?彼女の煽るような態度が?
わからない。


「用は済んだみたいですね。波江さんを呼んできます」


にこりと微笑んだ彼女は、ご機嫌な様子でぱたぱた走っていった。
最後まで、この女は。
でも、だけど、ね。
そんな君が好きだ。
ばーか。






20110203
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