人は恋をいろんな味に喩える。
ベタなのはレモンだけれど、他には苺みたいな果物やお菓子とか。
私は、マーマレードだと思う。
きらきらした甘酸っぱさにたまに混じる皮の苦味があって、日に当てれば光をはじいて煌めく。
私にとっての恋は、そんなものだ。

静雄くんとは図書室で知り合った。
疲れたようにこの場所で眠り込む彼に室内の人気は少なくて、カウンターの私と静雄くんの二人きりで。
最初はおっかなびっくりだった私も、一度閉室時間に彼を起こしてからは緊張を解いていった。
まだ平和島くんと呼んでいた頃が懐かしい。
眠たい目をこする彼を怖いなんて思えるはずもなく、好きになるのにそう時間は掛からなかった。
彼の髪の色が、記憶の奥で光る。


ガラリ、と響いた扉の音に緩く意識が浮上した。
最初の音に次いで、気遣うように潜めた足音に静雄くんかな、とぼんやり思った。
私を起こすには少し足りない足音が、近付く。
心地良いうたた寝の感覚から目を開けずにいると、髪のあたりに触れられる気配があった。
迷うように動いて、それが肩を軽く揺さぶったことで目を開く。
顔を上げた先はやはり、彼だった。


「…静雄、くん」

「よく寝てたのに悪い。寒いかと思ってよ」


確かに。
暖房のきいた図書室はふんわりとした室温でも(だからこそ眠くなったのだけれど)うたた寝特有の肌寒さが少しあった。
ふと静雄くんが鞄を漁り、黄緑のブランケットを取り出したのを私はなんとなく眺めていた。


「これで良ければ貸すけど」

「どうしたの、それ。なんだか女の子みたい、静雄くん」

「…窓際は寒いんだよ」


笑ってついこぼれた私の言葉に静雄くんは拗ねたように反論を漏らす。
私の肩へそれをふわりとやりながら、静雄くんが不意に表情を笑顔にする。
あ、結構距離、近いかも。


「いつもと逆だな。お前が寝てるなんて」

「…うん」


頷きながらも、肩のブランケットが静雄くんのものだと思うと変に力が入ってしまう。
ぎゅっと手を握りしめて顔を俯かせた私に「つい笑っちまったけど、気悪くしたか?」と静雄くんが訊く。
否定の意を込めて、僅かに熱い顔を上げた。


「そんなことないよ。これ、ありがとう」

「…そっか。ならいいけどよ」


私のが色移りしたみたいに、静雄くんの顔が少し赤い。
頬より耳に出るところがかわいいなあ、なんて。
そうとは言わないし、静雄くんも私に対して追及はしない。
ほんの少し、気まずい空気になった。
最近はこういうことが、たまにある。


「…そうだ、静雄くん。お腹空いてない?」


ぱっと表情を変えてみせて、今度は私が鞄を漁る。
静雄くんもはっとしたようで、普段通りの様子で私の行動を待っていた。


「ドーナツあるんだ。静雄くんにあげる」

「おお、ありがとな。…すげえ、うまそう」


質素な感じの袋から私の手作りとわかったのか、受け取った静雄くんは中身をしげしげと覗き込んでいる。
そこから来た「すごい」なのだろうけれど、「すごくうまそう」という風にも聞こえてしまう私は自意識過剰者だ。


「甘いもの好きかなと思って。友達にも好評だったし。静雄くん、いつも甘い香りがするから」

「…俺から、か?」

「うん、お昼のあとに」

「あー、菓子パンとかよく食うからかもな」


言ってからしまった、と思った。
静雄くんは気にしていないように見えるけれど、変な発言だったかもしれない。
それに、友達には静雄くんにあげるためにとわざわざ味見役をしてもらったのが本当だ。
自分だけだと美味しいのか分からなくなってしまうから。
ああ、袋ももう少し選べば良かった。


「なんか今日は、よく物もらうんだよな…」

「え?」


ドーナツをもぐもぐとやりながらの言葉に、静雄くんへ目を向ける。
鞄の脇にある紙袋を見て不思議に思う。
静雄くんは荷物が多いのを嫌がるのに、なんて考えた思考はちらりと見えたバースデーカードで吹っ飛んだ。


「静雄くん、もしかして今日誕生日なの…?」

「ああ、そうだけど」


さらりと言った静雄くんは相変わらず私のドーナツを食べてくれている。
急に恥ずかしくなった私は、その袋を引ったくってどこかに隠してしまいたい気持ちだった。
だって、もっと素敵で可愛いものがあの紙袋には溢れてる。
安上がりなおやつじゃ彼へのプレゼントには釣り合わないだろう。


「えっと、遅くなってごめんね。誕生日おめでとう」

「おう」


また静雄くんは穏やかに笑うけれど、私は彼に断りを入れてプレゼントの山に見入ってしまった。
その一つ一つが、女の子が抱えるスキに見えた。
手にした小包を眺めて、思わず溜め息と一緒にこぼれる言葉。


「モテるんだね、静雄くん」

「モテるって…、そんなんじゃねえだろ。大抵は知らない間に机に突っ込んであったし、みんなで食べてくださいってあるし」


好意なしで異性を祝う人なんてなかなか居ないと思うよ、と言いかけたけれどやめた。
わざわざ静雄くんに言うこともないだろう。
食べ終わったらしい静雄くんから空の紙袋を受け取ってぐしゃぐしゃに丸めて捨てたのは、せめてもの八つ当たり。
そんな私を不思議そうに見る静雄くんは言う。


「すっげえうまかった」

「甘過ぎじゃなかった?」

「いや、うまかった」

「…あまり言われると照れるんだけど」

「本当にうまかったんだから、いいだろ。今日だっていろんなものもらったけど、高そうな壊しそうな感じばっかりでよ、お前のが一番嬉しかった」


こういう性格が好かれるんだろうなぁ、と思った。
私を嬉しくさせることを素直に言ってくれる。
彼にそんな気はなくても、私は生きてきて一番幸せな気分になる。
だから、自然と笑顔になった。


「静雄くんが喜んでくれてよかった」


言い切るか言い切らないかのところで、不意に静雄くんが私の手を取った。
その意味を考える前に、かち合った視線に顔が一気に熱くなった。
なんで、そんな顔してるの。
どうして熱っぽい目で見つめるの。
真正面から私を捉えたまま、静雄くんが言葉を落とす。


「なあ、知らないんだろ」

「なに、を?」

「お前がドーナツくれた時、絶対違うって分かってても誕生日知ってくれてたんじゃないかって期待した俺の気持ち」


少し目を伏せる静雄くんは恥ずかしさと苦しさを混ぜたような表情をしていて、胸がぎゅっと痛くなる。
この人が好きだ。
誰よりも何よりも、静雄くんが好きだ。


「お前が名前呼んでくれる度にくすぐったかった俺の気持ちとか、わかるか?」

「わ、わからないし思わないよ。そんな私に都合のいいこと…なんて、」

「…俺だって名前で呼びたい」


名前、と。
静雄くんが口にして私は何故か耳を塞ぎたくなった。
ダメだ、こんなのは。
衝撃が、嬉しさが、強すぎる。
逃げ腰になる私へ静雄くんは追い討ちをかける。


「名前、静雄って呼んでくれ」

「……、静雄」

「名前、好きだ。すっげえ、好き」


心底嬉しそうに、彼が笑う。
私ばかりがプレゼントをもらってしまってどうしよう。
私だって好きだと主張すれば、触れる唇。
ああ、また一つ。
私はもう、一生をかけてあなたに幸せを返していくしかない気がした。


恋と



20110129
1/28ハッピーバースデー静雄!
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