ふっと明かりが消えるみたいに、意識が醒めた。
見渡した部屋は真っ暗で、自分が仕事休みに仮眠を取ったことを思い出す。
この季節は日が落ちるのが早い。
ほんの数時間前の明るい夕方に比べて、外は深い闇に眠っている。
それを眺めていて、自分がぼんやりとした不安を抱えているのに気付いた。
変な時間に眠っていたからだろうか。
少し痛む頭を押さえながら、馬鹿馬鹿しいと窓へカーテンを引いた。
閉める直前、景色を見下ろせば新宿の街が煌めいている。
どんなに暗かろうが、この街は眠らない。
ほっと息を吐いてカーテンを閉め切る。
自分がどこか安堵していたことに俺はまだ気付かない。

外からの僅かな明かりも遮られ、黒に溶け込んだような部屋の中でチカチカと光るのはおそらく携帯だろう。
電気を点けて、スライド式のそれを手に取った。
メールが一件。
彼女の他愛もない、ごく日常的な文面に自然と表情が緩む。
ふと、まだ胸奥に残る不安が、彼女のメールでまた少し溶け出したことに気付く。
さっきから、何なのだろう。
俺は何かに臆病になっている。
思考を巡らせて、先程までの仮眠に行き当たった。
確かに嫌な夢を見たような気がする。
けれど、それが何だ。
悪夢のせいで現実にまで支障が出るなんて、幼子じゃあるまいし。
そう割り切ってみても俺はなんだか怯えていたようで、無意識に打ち込んだメールを彼女へ送っていた。
今から会える?なんて彼女から聞くことはあっても、俺が口にするにしては少々女々しい気がした。
しばらく間を置いて、メールの返信が来る。
その微妙に空いた時間が、彼女がぽかんと目を丸くする様を容易に想像させて、俺は小さく笑った。
また不安が少し、溶けた気がした。

熱いコーヒーを淹れて彼女を待つことにした。
ここまで来る時間も考えて、彼女には温かい紅茶を淹れてあげようと棚を漁った。外はきっと寒い。
会いたいなら俺から会いに行けばいいのだけれど、とっさに返した俺のメールに彼女はすぐ行くと答えてくれた。
それに認めたくないけれど、今この真っ暗な外へ飛び出せば、俺が持っている不安がどうしようもなくなりそうな気がしていた。
理由も分からないまま、今日の自分は不安定だ。
ふと、玄関のチャイムが鳴って俺は肩をびくつかせた。
だって、まだ。
慌ててカップを置くと、ソーサーが無機質にカシャンと音を立てた。
インターホンに映るのは確かに彼女だった。
けれど、早すぎる。
紅茶だってまだ淹れてない。
俺は急いでドアの鍵に手を掛けた。


「…名前」

「こんばんは、臨也」


彼女はいつもマフラーをぐるぐる巻きにするのに、何故か今日は手に持っていた。
それより。
名前の顔を見た途端、俺は不安の正体を理解した。
夢で名前のことを見たんだと思い出す。
ただの夢だけれど、相手が彼女だから、名前だったからこそ抱えていた不安。
俺はぽつりと、ここが彼女の帰る家でもないのに呟いていた。


「名前、おかえり」

「うん、ただいま」


何の疑問も口にせず、名前は返事をしてくれた。
それで良かった。
それだけで良かった。
靴を履くことも忘れて飛び出した俺は彼女をぎゅう、と抱き寄せた。
冷たいだろうと予想していた身体は思ったより温かい。
暖かい部屋でただ待っていた俺よりずっと、温かい。


「もしかして走ってきてくれたの?」

「私も臨也に早く会いたいと思って」


だから走るのに邪魔なマフラーを外していたんだろう。
笑って名前が言った言葉は嘘ではない方が嬉しいけれど、きっと様子のおかしい俺への気遣いもあったと思う。
悪いな、なんて考える余裕はなかった。
名前が来てくれたことで、名前を抱きしめたことで、俺はどんどん不安が溶けていくのを感じていた。
同時に、自分が少し泣きそうな気分になっていることも。


「臨也、寒くない?上がっていいなら、部屋入ろうよ」

「平気だよ。だからもうちょっとだけ、このままで」


肩を撫でる風はやはり冷たい。
けれどまだ離したくなかったから。
少し笑った名前が俺の頭を撫でた。
ああ、本当に泣いてしまいそうだ。
紅茶を淹れておかなくて良かった。
だって冷めて渋くなってしまうだろう?
だから俺が落ち着いたら、暖かい部屋で紅茶を淹れて、キスをしようよ。


20101116
悪い夢なんて君が捨ててしまって
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