※新セル前提 恋は下心、愛は真心と何処かで耳にした。 また別の説。 恋とは一方的に誰かを好きになることで、相手に自分のことも好きになってほしいと思う感情。 愛とはちゃんと思い合う相手が居て、互いのために大切にする感情。 それならば、私の気持ちは恋でも愛でもないのだろう。 思い合うはずの相手は別の人と幸せだし、好きになってほしい訳でもないんだから。 下心は消しきれない、真心がないとも言えない、半端者だ。 「包帯、きつくないかい」 思考を遮った穏やかな声に首を振った。 そのままゆっくりと、けれど静かに圧迫するように白い布を巻きつけて、新羅は鋏を取り出した。 ぷつりと途切れた包帯は私の腕で留められる。 普段より微妙に重くなって、動かしにくい感覚は気持ち悪い。 怪我の治療なんて、処置そのものより後の扱いの方が面倒なものばかりだ。 「帰ったら外そう、とか思ってないよね」 「思ってないよ」 「どうかなあ。君は前科があるからね」 何でもないように軽く笑った新羅は、やっぱり平然として私と向き合った。 説教というほど労る優しさはないけれど、忠告ほど素っ気ない訳ではない新羅のいつもの言葉。 「臨也と居ても静雄と居ても、どっちも君には良くないと思うよ」 「私が好きで付きまとってるんだからいいでしょう」 「…うん、そうだね。正論だ。君が誰と居るかは自由なんだから」 新羅は表立って私を止めはしない。 ただ、池袋で私があの二人に絡んで怪我なり何なりしている場面に出会せば、必ず私の手を引いてこの家に連れてきた。 高校の頃から何一つ変わらない険悪な関係の二人に挟まれているのは心地良かった。 そうして危ない空気を感じると、懐かしい非日常の青春にいつまでも浸っていられる気がするんだ。 こんな大人にもなって。 「好きなの?臨也か、もしくは静雄か」 「だとしたら、何?」 「いや、物好きだなって思って」 「私もそう思う」 やっぱり違うか、と新羅は笑った。 それも何となく笑っているだけに見えた。 昔から、新羅の感情なんて読めなかった。 本気で笑うとか怒るとか、そういう姿を目にしたことがない。 その代わり、彼の誠意と真心と愛は彼女一人へ全身全霊をかけて向けられている。 新羅は他人と自分の一部を犠牲にして彼女を愛しているようなものだ。 そのエゴは身勝手で、そして愛の極致と呼べるようなものなんだろう。 「そういえば、セルティが」 「うん?」 「また暇な時にでも遊びに来て。ただし治療以外の用件に限る、だってさ。心配される君が羨ましいくらいだね」 「本当に」 消毒液の染み付いたこの部屋じゃなくて、あのリビングで新羅とセルティとお茶をするのが好きだ。 お茶、と言ってもセルティは飲食をしないから形だけ。 でも時々、無意識にそれを避けてしまうことがある。 好きで仕方ない友人達に囲まれる幸せに、涙が出そうだと不意に思うのだ。 私は幸せ者で、それ以外に思うことは一つもない、絶対ない、そう言い聞かせても涙が止まらない。 そんなみっともない姿は家で一人きりの時だけで、二人には絶対に見せないと決めている。 「そんな素直で可愛いセルティと一緒に暮らしてるくせに」 「そうだね、僕も幸せ者だ」 素直に頷いてみせた新羅の笑顔が目に映る。 その何倍も分かりやすい喜怒哀楽をセルティの前では見せるんだろうな。 それでも、中学から知り合った私が見てきた新羅は彼の片思いの半分ぽっちの時間にしか当たらない。 私の10年なんか彼の20年に比べたら安いものだ。 そんな私がこの場所に居られるのも運が良かったからだろう。 「いつもありがとう、新羅」 「何だい、改めて。今更、僕と君の腐れ縁じゃないか」 気持ちを切り替えて言ったのに、新羅がそんなことを言った。 そんなことを、笑って言うんだ。 私は黙って新羅の眼鏡に手を伸ばして取り上げる。 「ちょっと、返して」 咎める口振りをしながら、新羅は奪い返すことをしなかった。 きっと泣きそうなのは気付かれている。 顔を隠す私に、新羅が言った。 「痛むのかい?」 そう、恋心が。 なんて言ったら新羅は笑う? 非科学的なものを信じない新羅に笑ってほしい。 馬鹿だね、ってそんなものないよ、って否定してくれていいのに。 ああ、一つだけ。 私も新羅も、セルティのことはどんなに非科学的でも信じている。 すぐに自分と新羅のつながりを探したがる私はどうしようもないなと思った。 聡い彼は仕方のない私をどれほど知っているんだろうか。 次に彼が腕を引く時、振り払ってしまえばそれで終わりになるんだろうか。 非科学的な胸の痛みは私を涙もなく泣かせるばかりだった。 20110112 出来やしないのにね |