君を幸せにするために生まれてきました。 陳腐な告白なんかじゃない、これは俺の存在意義。 ずっと前から君のことを知っていました。 ずっと前から君のことが好きでした。 俺を作った人もそうだったらしくて、君の話をよくしてくれました。 長い年月をかけて言い聞かされたお話は俺にすっかり染み付いていて、今では堪らなく君が好きです。 だから、君を幸せにするために生まれてきました。 「と、言われても」 「そうだよねえ、困るよね」 にこりと自分が笑いかけた相手、先程家を訪ねた俺をあっさり招き入れてくれた彼女を見つめる。 俺を家に入れることに何の警戒心も不安も抱いていないらしい。 聞いていた通り、本当に無防備なんだなあ。 それとも俺を作ったあの人の差し金? 仕事帰りと見える彼女は服装を緩めながら俺に尋ねた。 「あなたは人間じゃないの?」 「はい、Psychedelic dreams01です。俺の次に作られた02というのも居るよ」 「さい…?よく分からないなあ」 彼女は未だ自分がどうすべきか、俺をどうすべきか思い悩んでいるようだ。 答えは単純、彼女が俺を受け入れてくれればいい。 けれども、人間という生き物が突発的事態を理解するのは難しいし拒否することも多い。 そう習った俺はゆっくり時間を掛けようと思った。 今までたくさんたくさん待ったんだから、このくらい我慢できるじゃないか。 たとえ焦がれてやまなかった彼女が触れられる距離、目の前に居て俺の中枢が歓喜に震えていても。 俺は彼女を幸せにするために生まれてきました。 これが俺の全て。 「あなたは何をしに来たの?」 「君を幸せに…、ううん、分かりにくいから言い換えると君を喜ばせて笑わせることが俺の仕事です」 「なら悪い人ではないのね?」 「悪い人じゃありません」 「どうして、私にそんなことをしてくれるの?」 ああ、それは愚問というものです。 俺は君が好きで、何より幸せを願っていて、そう作られたんだから。 けれど言葉にするのは憚って、小さく呟く。 「好き、だから」 「…私、あなたと会うのは初めてだと思うんだけど」 「俺だって初めて会うよ。でもずっと前から好きなんだ」 「それはおかしいよ。初めて会うのに好きなの?一目惚れという風にも見えないし、理由は何?ずっと前って、いつから?」 彼女は俺に対する疑問を消してくれない。 おかしい?どうして? 俺は生まれた時がそれが当たり前だったよ。 あの人の言葉がちりっと走る頭痛と共に甦る。 彼女が必要ないと言えば、お前は作った意味がないんだよ。 好きな理由、なんて、君が好きで…それはどうして? いつからって、俺が生まれた時からで…それはいつだろう。 何だ、俺は君のことを何一つ知らないのと同じだ。 ピリリリ、と電子音が響いて俺ははっと意識を戻した。 「ちょっとごめんね。はい、もしもし?今、家だよ」 電話に出た彼女の声がずっと柔らかいのを聞いて、俺は直感した。 彼女は今、幸せだ。 相手の人が男でも女でも同じこと、彼女はこんなに穏やかに笑っている。 なら、俺は必要ないのかもしれない。 電話を切った彼女は俺をじっと見ている。 どうしよう、悲しい。 焦ったらいけない、いけないのだけれど、俺はもう我慢なんて出来そうにもない。 「わ、っと」 「好き、好き好き好き、好きだよ、信じて」 ぎゅうっと抱きしめた彼女は柔らかくていい匂いがして、俺の中枢が恋に苦しくてギシギシと悲鳴を上げた。 人間でいったら鼓動に当たるのかな。 俺がいらないと言われてしまうよりも、好きという気持ちを疑われた方が悲しかった。 こんな急に抱きついたりして彼女は嫌がるかもしれないけれど、信じてもらえないよりはずっといい。 「好き、すき、」 「わかった、わかったから」 「本当にわかった?」 「あなたは私のことが好き、そうなんだよね?だって、あなた泣きそうな顔してるんだもの」 身を離して、俺の頬を確かめるように軽く撫でた彼女にギシリ、と胸が痛む。 顔が熱いし、出ないけれど涙が出てしまいそう。 さっきみたいに穏やかな笑みで俺を宥める彼女はやっぱり素敵で、聞いた通りどころか聞くに劣らないくらい可愛くて。 こつり、と肩に頭を載せて寄りかかっても彼女は何も言わなかった。 「君を、幸せにするために、生まれてきました」 「そう」 「でも君は今、幸せだよね?」 「別段不幸という訳ではないけれど、これ以上幸せがいらない訳でもないよ」 「なら、俺が居る余地はあるのかなあ…」 君のために生まれた機械。 このピンク色の中枢が愛を歌うなら、君は聴いてくれますか。 その歌はきっと君だけに、俺が君の幸せだけを願って。 20110102 俺がいらないくらい、君が幸せであれ |