「…あの日の夜から、ちょうど一カ月だね、」
「もうそんなに経つのか、うん」
「あっという間だったね」
「…そうだな…うん」



二人の手持ち花火が同時に音もなく灯りを消した。激しい花火はもう底をつき、残りは線香花火が16本だけになってしまった。


楽しい時間は、あっという間で。



「あと線香花火だけになっちゃったね」
「…そうだな、…うん、」
「…もう夏も、終わりだね」
「…そうだな…、うん」
「ふふ、さっきからそうだな、うん、しか言ってないよ?」
「ハハッ、そうだな、うん」



クスクスと口に手を当てて笑っていたら、デイダラ君がおもむろに私の名前を呼んだ。


「名前」
「ん?どうしたの?」
「……真実と挑戦、ってゲーム、知ってるか?」
「、あ…なんとなく、知ってるよ」


《真実と挑戦》
ルールは至ってシンプルで、勝負に勝った方が負けた方に対して質問を一つする。負けた方は真実しか言ってはいけないが、もし答えられないような内容であれば「挑戦」と答える。挑戦を受けて勝った方は負けた人に対してお願いごとを一つする。


そんなゲームだった。



「それがどうしたの?」
「線香花火でやろう、うん」
「勝負を?」
「うん」
「……先に火の玉が落ちた方が負け、ってことね」
「やるか?」
「うん、楽しそう」



ルールはシンプルだけど、質問内容や挑戦内容ではえげつないゲームになる。どきどきとうるさい心臓を抑えつつ、デイダラ君に線香花火を1本手渡した。


ろうそくから火がついたのを確認し、スタートの合図でパチパチとだんだん大きく光をはためかせる線香花火。
ちら、と隣で静かに座るデイダラ君を見た。線香花火が照らすデイダラ君は、綺麗だと思った。



「あ」
「……名前の負けだ、うん」



デイダラ君に見惚れていたら、無意識のうちに揺れてしまった線香花火は、耐えきれないといわんばかりに川の中へと吸い込まれてしまった。
あちゃー、と頭を抱えているときにデイダラ君の火の玉もジュ、と音を立てて水面に落ちた。



「負けちゃった」
「オイラから質問だ、うん」
「何を聞きますか?」
「……今、好きなやつはいるか?」
「………いるよ」
「誰だ?」
「質問は一つだけ、だよ。次ね」



たった質問一つで暴れだす心臓。どきどきとうるさいそれを気にしないように、デイダラ君にまた1本、手渡した。


そこからは、連続で私が勝った。



ーーデイダラ君、好きな人いるの?
ーー…いる
ーーそっか
ーー次だ、次


――好きな子を一言でいうと、どんな子?
――…オイラにはまぶしい子だ、うん。


――いつからその子が好きなの?
――…気づいたら、そばにいてほしいと思ってた、


――その子のどこが一番好き?
――またオイラの負けかよ、……よく笑うとこ、
――ベタだね。
――うっせ。



6回目の火の玉が、ぽちゃんと川の中に落ちた。顔をしかめるデイダラ君に、未だ火を灯す花火を見ながらクスクス笑う私。


「はい、私の勝ち」
「……なんかズルしてるだろ、うん」
「デイダラ君は線香花火を見すぎなんだよ」
「…で、質問は?」



ぶっきらぼうに答えるデイダラ君。少し子供っぽくてかわいい、けどそんなことを言ったら彼が怒るのは眼に見えてる。


じゃあねー、と何でもないように装う。心の中は、今にも暴走しそうなほど荒れているというのに。



「……好きな子の、名前は?」



私の質問に目を見開くデイダラ君。それもそうか、今までなんとなく聞いたらいけないような気がしてたから。でも、残り数本となった線香花火が、私を焦らせた。



「…挑戦だ、うん」



ふふ、と笑った私に、ずりーぞ、と答えるデイダラ君。それと同時に、シュン、と川の中に消えた私の火の玉。
少しだけ震える声を隠そうと、その手で川の水を弄んだ。



「10秒だけ、手、繋いで?」
「……」



何も言わずに、そっと手を取られる。恋人繋ぎなんかしてくれないデイダラ君。そりゃそうか、と少し残念に思いながらもほんのひと時をかみしめた。


5、6、7、8、…
ゆっくりと10秒を数えても、やっぱりほんの一瞬には変わりない。あーあ、なんて思いつつすっかり穏やかになった心はどんどん満たされ、欲が増えていく。
もっと近くでいたいのに。



「…ふふ、ありがと」
「…おう」



もったいぶるように離される手を、最後まで感じていたくて、目をつむった。少し高い彼の体温は、私を満たすのに十分だった。



「あと二回だね」
「次は俺が勝つ、うん」
「どうだろ、デイダラ君弱いからなぁ」



最後の2本を残して、短くなった蝋燭の火に線香花火を付けた。じりじりと熱がこもって次第に光を散らばらせていく。
真剣に花火を見つめるデイダラ君。だから、そんなに見つめたら余計に揺れちゃうよ。


あぁ、ほら…



「……」
「…落ちちゃったね、」



ぴゅう、と運悪く風が吹いたのも相まってか、デイダラ君の火玉はごめんよーと言いたげに川の中に沈んだ。
ようやく本番を迎え、パチパチと強く光りだした私の線香花火を恨めしそうに見つめるデイダラ君。それにしても今回は早かったね。



「…質問はなんだよ、うん」



いかにも「不機嫌!」と言いたげなデイダラ君。そんな彼をよそに私は、ちょっと待ってね、と火の玉を見つめた。
次の質問は、私にとっては大きな賭けだった。どきどきと心臓が騒ぎ出す。
本当に聞いてもいいのかな、という理性と、ここで聞かないと、二度とチャンスはないよ、と焦る本心が手に伝わり、ゆらゆらと線香花火の先っぽが儚く揺れた。


ぽちゃん。
少し情けない音を立てて水面を揺らした火の玉。
私はゆがみそうな顔を必死に抑え、へたくそな笑顔と震える声でデイダラ君に聞いた。



「……聞いてもいい?」
「なんだよ、うん」
「……私が、好きでもない人と結婚させられるって知ったら、…デイダラ君、どう思う?」
「っ、」



これを聞いて、どう思うかを聞きたかった。祝福してくれるのかな、少しでも嫌だと思ってくれるのかな、。なんとなくデイダラ君の思いを知っているからこそ、どうしても聞きたかった。


ぎゅうぎゅうと締め付けられる心臓。そんな中、デイダラ君はかすかに震えた声で「、挑戦だ、…うん、」と答えた。



「…ふふ、挑戦ね」
「…本当なのか?」
「…私を、抱きしめて?」
「…ほんと、お前は、…」



彼の言葉を肯定できず、今の欲をぶつけた。戸惑うデイダラ君。やりすぎちゃったかな、と思ってクスクスと笑う。挑戦の内容を変えるよ、そう言おうとしたとき、グイっと腕が引っ張られた。



「〜〜っ!」
「………」



私とは違う、硬いからだがぶつかる。包み込まれるように抱きしめられるからだがどんどん熱くなる。
自分で言ったのに、苦しい。泣きそうになるほどうれしくて、せつなくて、苦しい。


音もなく離され、私は視線が泳いだ。デイダラくんの顔なんか見れずに、戸惑う。



「あ、りがと…」
「…最後の、するぞ、うん」



身体が生ぬるい風にさらされ、ふるりと震えた。寒くてじゃない、緊張で、だと思う。


少し火薬が混じったデイダラ君の匂いが鼻に残って、心拍数は上昇する一方だ。
だめだ、これは、。



震える手で最後の2本を手に取る。手渡すとき、わずかにデイダラ君に手が触れた。さっきまで抱き合っていたというのにもかかわらず、ほんの少し触れただけで頭がパンクしそうになった。



「火、つけろよ、うん」
「、ん……」



ジ、と線香花火に火が灯る。これで最後だなんて、時間の流れは残酷だ。


この最後の一本で、私の夏は終わってしまう。



「終わっちまうな、」
「……うん、」
「明日から、九月か…」
「秋、だね」
「まだ暑いだろうけどな、うん」



最後という寂しさを紛らわせるように、ぽつぽつと口を開いた。終わらないで、永遠にこの火が落ちなければいいのに。


そう思っても、いつか来る終わりを受け入れなければならなくて。
大きく光り輝きだした私とデイダラ君の火の玉は、今までで一番きれいだった。


隣で並ぶ線香花火を、ずっと見ていたい。


そう思ったとき、私の手には少しごつごつとした、暖かい何かが触れた。



「っ!?」
「……名前の、負けだ、うん」



ポチャン、 シュン…。
驚きで線香花火を川の中に落としてしまった。ゆったりと流れていく、火の消えたそれを視線が追う。



「…これは、ずるいよ、」
「落とした名前が悪い、うん」
「横暴だなぁ…」



驚いている間に、手のぬくもりは完全に消え去っていた。ほんと、あぁ、ずるいなぁ。


はは、と笑って何が聞きたいの?と彼を見つめた。いったいどんなことを聞くんだろうか、最後の質問だから、答えてあげようかな、なんて思っていたら、デイダラ君は思いもよらないことを口に出した。



「……先に、挑戦の内容を言うから、どっちか選べよ、うん」
「どっちでもいいの?」
「……、挑戦は、」



――オイラに、キスしろ、もちろん口に、だ、うん。



「っえ、」



待って、という一言さえ出なかった。何言ってるの、そんなの、真実を言うしかないじゃん。


ずるいよ、と一言言った。そんなに真実を言わせたいんだね、とも。



「……ちゃんと、真実で答えろよ、うん」
「、もちろん」



スゥ、と息を吸ったデイダラ君。
その目は何かを覚悟するようだった。彼の緊張が私にも伝わる。どきどきと、はち切れそうなくらい心臓が騒ぎ出す。



「…オイラが、明日、里を抜けるから、ついて来いって言ったら、」
「っ、」
「どうする?……うん」



目の前が真っ白になった。頭が正常に働かなくて、手が震える。



――……っ、挑戦、で、…



嫌な予感はしていた。でも、それは考えないようにしていた。きっと杞憂で終わる、そう自分に言い聞かせていた。


一番恐れている未来を、必死に想像しないようにしていた。



「はは、…それじゃ、ん。」
「……」



わずかに顔をあげるデイダラ君。キスしろ、の合図らしい。いじわるそうに笑うデイダラ君に、私は翻弄される。
いろんなことで、頭がパンクしそう。



「…目、瞑ってて、」



その言葉は、無意識に出た。音もなく目をつむるデイダラ君。自分の心臓の音と、息の音しか聞こえない。


デイダラ君の膝の上に手を置きゆっくりと近づく。きれいな顔だな、と場違いながら思う。震える手をぎゅう、と握りしめた。



(好きだよ、)



声なく口だけを動かし、その瞬間彼の唇に触れる。デイダラ君の薄い唇は、少し暖かかった。


離れた瞬間、小さく息を吸った。上手く息ができなくて、なぜか涙がこぼれた。



「名前、…」
「デイダラ、君…」
「幸せになれよ、うん」
「っ、待って、デイダラ君、!」



立ち上がろうとする彼の手をぎゅっと握ってそれを阻止する。そしたらデイダラ君は、悲しそうに笑って、私のおでこにキスをした。



「……さよならだ、うん」
「待ってよ、どこにも行かないで、デイダラ君…!」
「名前を好きになって、よかった」



ぼろぼろと壊れた蛇口のように涙があふれた。こんな時に好きだなんて、ずるいよ。


私も好きなの、ねぇ、お願い、



(私を、連れ去って、)



するりと私の腕から抜けたデイダラ君は、私なんて見向きもせずに、背中を向けて歩いて行った。


本心を口に出すことも、彼を止めることも、泣き叫ぶこともできないまま、締め付けられる心臓を抑えることしかできなかった。





儚く瞬いた夏のおはなし


by カメ子