勇気を振り絞って誘った花火大会。
当日までの一週間はずっとふわふわしてて近づくにつれてどきどきが増えて、自分で誘ったくせに緊張しすぎて当日なんて来ないでくれという謎の考えに到達するようにまでなった。

「ごめん、おまたせ!」
「いや、全然待って…ない、よ」

遅刻魔のはずの俺がまさかの三十分前に到着。そわそわしたまま待ち続けてようやく来た待ち人に途中でどもった理由が、名前の綺麗すぎる浴衣姿のせい。淡い紺色にちりばめられるように咲く色とりどりの牡丹。もともと白い名前の肌と相まってその美しさは破壊的。いつもは一つ結びの髪もゆるくまとめられていて、ご丁寧に簪まで刺さってる。…この子は俺を可愛さで殺す気だろうか。

「…似合ってなかった?」
「…いや、めちゃくちゃ似合ってる」
「よかった!」
「ごめん、俺浴衣なんて気の利いたもの持ってなくて」
「はは、いいよ。私がちょっと気合入れちゃっただけだから」

…気合、入れてくれたんだ。
名前の行動や言動に一喜一憂してる俺は自分でも思うけど相当うぶだ。

「ほらカカシ!行こ!」
「うおっ」

慣れないはずの下駄を履いてるというのに、俺の腕を引いて嬉しそうに笑い駆ける名前。ふわっと香る甘いシャンプーの香りに口布の下で頬が赤らむのがわかった。

「ね!綿菓子食べたい」
「あー射的だ―!」
「ね、ね!金魚すくいやろうよー」
「カカシは何食べたい?」

ぐいぐいと人ごみをかき分けて進んでいく名前と俺の手はいつのまにか離れていた。「はなれないで」と小声で言って伸ばした手は寸前で恥ずかしくなってひっこめて、いつものようにポケットの中。

「焼きそばとイカ焼きとたこ焼きを買おうと思います。あとリンゴ飴!」
「そんなに食べられるの?」
「カカシと一緒なら!」
「!」

この子ってば…。なんの意図も脈略もなくさらりと満面の笑みでこういうことを言ってのけるんだから本当に参る。「仰せのままに」と笑って屋台に向かえば、「そうこなきゃね!」と嬉しそうについてくる姿が愛しすぎる。
名前が食べたがってたものを全て買って「そろそろ花火上がるね」なんて名前が言うから「おすすめの場所があるんだ」と向かったのは、すこし離れた高台の神社の石段。

「段差気を付けてね」
「ありがとう」

さっきひっこめた手を、また勇気を振り絞って伸ばして掴んでもらえた俺は内心狂喜乱舞。石段の中腹に腰を下ろして、「いただきます」と声をそろえて買ってきたものを食べ始める。

「ん!焼きそば美味しいよ!たこ焼きも!」
「よかったね」
「うん!幸せだぁ〜」

そんなお前を見てるだけで俺は幸せなんだけどね。焼きそばもイカ焼きもたこ焼きも綺麗に食べきって、名前は食後のデザートにリンゴ飴をほくほくと食べている。小動物みたいで可愛い。

「それにしても、よくこんな場所知ってたね。人も全然いないし」
「あぁ、何年か前の花火大会の日に任務で通りかかってね。ベストスポットだって気づいたんだけど、人が多くなるのが癪だから誰にも教えてないんだよね」
「…なのに、連れてきてくれたんだ」
「うん。名前とは静かに一緒に見たかったから」
「!」
「!」

話の流れとは言え、さっきの名前よろしくさらりと言ってのけた自分にも驚いた。暗闇でもわかるほど真っ赤に染まった名前の伏せられた顔を見ればつられて俺も顔が熱くなってくるのを感じる。
お互いに羞恥からかしばらく静寂が流れていると、それを断ち切るようにドン、という破裂音と少し間をおいて暗闇を照らす無数の打ち上げ花火。名前の浴衣の柄と同じ牡丹が、真っ暗な空にさんさんと輝く。

「…綺麗」
「…そうだね」

すこし赤みの残る名前の顔を照らす花火の灯。夜空に咲くその花にすっかり見とれる名前の空いた左手に、そっと俺のそれを重ねた。ぴくりと震える名前の手をぐいっと引っ張る。

大輪が花咲く夜空を背景に、そっと唇を重ねた。




by ののめ