春は、出会いの季節か、別れの季節か。どっち?って聞かれたら、私は別れの季節だと思う。


「みんな、卒業おめでとう」


涙をこらえながらそう言うイルカ先生を見て、何がおめでとうなのさ、と涙が溢れるのを我慢した。


「立派な忍になるのを、先生は応援しているぞ」
「イルカ先生泣いてるのー?」
「なっ、泣いてなんか…ッ!」


その瞬間、先生の瞳からポロリと溢れる涙。あーあ、泣いちゃった。なんてみんなで笑う。それでしか、自分たちの涙を隠せなかったから。

私は1人、彼から視線を外して青く透き通った空を見上げた。春一番とやらが散り散りになった落ち葉を舞い上がらせていた。


思えば、イルカ先生は、私の一方通行な恋で始まってたと思う。
先生に何回言葉でほのめかしても、先生は笑ってあしらうだけ。そのたびに、幼い恋心は見えないナイフで切り傷を入れられてたと思う。

それでも諦めきれなかったのは、イルカ先生がたまに私を特別視するからで。


『名前〜、これ、資料室に運んでくれ〜』

『名前はなんだかんだ言って、ちゃんとみんなのこと見てるからな』

『名前、今晩一楽行くか?』

『よくできたな。先生は誇らしいぞ?』


思い返せば、他の生徒にも言っていたことかもしれない。でも、頭を二回ぽんぽんと撫でるのは、私以外に見たことがなかった。

心がふわってする特別扱いと、心にちくっと来る子ども扱い。


(めんどくさいやつ…)


自分で思って勝手に自嘲した。10歳も離れてるのに、子ども扱いするなって方が無理なのかもしれない。


「名字〜、どこ向いてるんだー?」
「…いえ、なんでもないですよ、イルカせんせ」


お願いだから、そんな笑顔で私を見つけないでください。バカな私は諦め方をまだ知らないから、余計に苦しくなるんです。



(…好き、だなぁ、)



大きな手のひらも、くしゃっと笑う笑顔も、ダメなとこも、いいとこも、全部包み込んでくれるとこも、全部、好き。


最後のサヨナラも終えて、後は帰るだけ。そんな中、私は先生を追いかけた。
だって、これが最後になるかもしれないから。


「…イルカ先生って、彼女いるんですか?」
「えっ!?お、お前はほんっとうに最後の最後までマセガキだな〜…」
「いるんですか?」
「…いたらいいよなぁ、彼女……」


その言葉にドキッとする。
もしやもしや、いないのかもしれない。

そう思うと、食い気味に先生に押し寄った。緊張している拳を誤魔化すようにぎゅっと握り締める。


「いないんですか!?」
「まぁ、な…はは…」


泣くフリをする先生に、私は思わず喜んだ。心の中でガッツポーズをする。

そこで、ふと大胆な自分が顔を見せた。

どうせ卒業だし、彼女いないんだし、これで、最後だし、。


「…私、先生の彼女に立候補しちゃおっかな〜」
「何言ってんだ、名字にはもっとかっこよくて素敵な彼氏が時期にできるさ」


笑顔を切らさないように、手のひらを強く握った。
えー!なんて言いながら、下を向く。ほら、相手にされない。
今まで欠片も見せなかった涙が湧き上がって来る。目頭が熱くなってきて、声が震えそうなのを笑って誤魔化した。

そしたらまた、いつものあの感覚。


「お前に俺は勿体無いからなぁ。もっと素敵な彼氏ができるさ、きっと。」


ぽんぽんと二回頭を撫でられる。

そうじゃない。先生がいいの。こんな子どもな私でも、本気で恋してるの。

ズキズキと痛む心臓。子供扱いされたくないのに、この優しい感覚に甘えきってる自分がいる。情けないほど悲しくて、辛い。でも嬉しい。

いろんな感情がぐちゃぐちゃする。耐えきれなくなった思いが、ポロリと瞳から零れ落ちた。


「…名字、俺はな、「先生」

「いつから、私のこと、名前で呼んでくれなくなったんですか」
「っ、」



私だけ、特別扱いなの。だって、私だけ、誰も呼ばれてない、苗字で呼ばれてるんだから。


ズキズキと心臓が悲鳴をあげる。私の気持ちに気付いて、遠ざけようとしてたんですよね、先生。
子供だって、わかるんですよ、先生。でもね、先生、わたし、そんな特別扱い、いらない。



「先生、」
「な、なんだ?」
「………」



最後に、名前で呼んでくださいよ。


最後にそう言いながら、固まる先生の左薬指に唇を落とした。同時に、涙が一粒手に落ちる。


ペロリとそれを舐めて、「なんてね、」と言って目を細めた。
ビクッと体を震わせるイルカ先生を見て、クス、と笑う。


この恋心は気づかれてる。それでも私は最後まで、たった二文字が言えなかった。

この気持ちは全部、思い出とともにフタをした。




この春が完結するまで
(…まいったな、)
12の少女の名前を呼べないほど、惑わされているなんて。
(…教師失格、だな)


byカメ子