「さみぃ…こんなところに呼び出してどうするんだってばよ…」

冬の冷え込み厳しいその日、吐く息を白くしながらも木ノ葉の里近くの森の拓けた場所に、里の英雄であり次代火影との呼び声も高いナルトを呼び出した理由はただ一つだ。

「九喇嘛を呼んで欲しいの!!」
「は、はぁ!?九喇嘛を呼んで…、ど、どうするんだよ!」
「どうもしないけれど…。いいじゃん別に…」
「よくねえだろ!!九尾って言うのはなぁ…」

ナルトは真面目な顔をして九尾の話をしだすけれど、そんなものは聞き飽きたのだ。どうせ誰にも理解されないのだから、とにかく今は九喇嘛を出して欲しい。

私が九喇嘛を初めて見たのはいつだったか。
昔から霊感のように人のチャクラを見ることができた私は、ナルトに宿る赤いチャクラが不思議でならなかった。さらにその存在はナルトに触れているとより近くに感じて、まるで目の前にいるかのように錯覚してしまう。だから興味本位で貴方は誰?と問いかけた時、「九尾も知らねえのか」と返されて素直に驚いた。ナルトに九尾が入っていることは知っていたけれど、こんなに美しい赤いチャクラをまとっているなんて思わないじゃないか。
それから私は何度も隙をみてはナルトに触れて彼とコミュニケーションをとった。最初は怖かったけれど、徐々にナルトに絆されているのがわかったから、ちょっとからかったりもしたっけ。
まるで古くからの親友みたいに、彼の遠慮ない物言いが大好きで、私相手に人間を非難するところも大好きで、全部大好きで、姿なんて見たことないのに恋に落ちたんだ。

「いいから、お願いナルト。九喇嘛に会いたいの」
「会いたいってどう言うことだってばよっ…」
「混乱するのも無理はないけれど、会いたいの」

今まで九喇嘛が外に出て来る機会はたくさんあった。けれどもいつもいつもタイミング悪く私は立ち会えない。こんなに思ってるのに、好きなのに。こうやってすれ違うたびにまた恋心が肥大化してしまうのをいい加減やめてしまいたかった。

「意味が……って、九喇嘛!?出せって、お前も意味わかんねえってばよ!!」
「九喇嘛!?今話してるの!?ねえナルト!!」
「同時に喋んなぁ!!」

ぐるぐると目を回しながらナルトが悶絶して数十秒後、落ち着いた彼が「はぁ…」と息をついて、「少しだけだぞ」と言うものだから、思わず飛びつきそうになる。しかし、好きな人の前なのでここは自重だ。

「あ、ありがとうナルト!!」
「じゃあ少し離れてろよ」

そういう彼から距離を取る。両の手を合わせて、強くチャクラを練ったナルトから、赤いチャクラが勢いよく飛び出して来た。

「九喇嘛!!」

綺麗なチャクラが形を成して行く。
やっと。やっと会える。
ねえ、何年待ち焦がれただろう、この瞬間を。

ブワッと風が舞い上がり、目の前に現れる巨大な獣。九本の尻尾を有するその狐は、私をじっと見つめると目をそらした。

「九喇嘛だ…」
「おう…」

不思議と怖くはなかった。
こんなに大きな獣でも、九喇嘛だとわかっているならどうということはない。
初めてこうやって目にして、彼は人の形を成さないのに、それでもやっぱり好きだと思った。

「ねえ、こっち向いて」
「……」
「九喇嘛…?」

さっきから彼はこっちを見てくれない。どうしてだろう、何か問題でもあっただろうかと何度も自分の服装を確認するが、おかしなところはないと思う。

「へっくし!」

キョロキョロと身なりを確認していると、ぴゅーっと吹いた風に体が震えた。あまりの寒さにくしゃみが出てしまい、少し恥ずかしい。
鼻の頭をこすって、照れ隠しにえへへと笑うと、目の前にもふもふした何かが現れた。

「え…?」

それは私の頭をするりと通ると、背中からグイグイ押してくる。「うわわわ」ちょっとだけバランスを崩しながらもその力に身を委ねると、じきにぽすんと九喇嘛の体にダイブする形になった。そして私の背中を押したそれ……、つまり彼の尻尾が私を包み込むように前にかかる。すごく暖かい。

「ありがとう…九喇嘛」
「こんな寒い日に外に出てワシを呼び出すなんて、本当におかしな女だ」
「でも、九喇嘛だってナルトに言ってくれたんでしょ?」
「ふんっ」

まるで初めて話した時みたいに九喇嘛は鼻を鳴らして、ぶすくれる。何か嫌なことをしてしまったかと考えたが、何も思いつかない。それに九喇嘛は素直じゃないからなあ…。

「ねえ九喇嘛」
「どうした」
「私が初めてあなたに声をかけたのも、こんな寒い日だったんだよ」
「覚えてねぇな」
「だろうね」

あの日のこと…私は鮮明に覚えているけれど。
まず、赤いチャクラに感動したし、チャクラに声をかけて返事があるなんて思ってもいなかったから。それにあんなに露骨に嫌悪されるなんて、愛されて育った私にはかえって新鮮だったのだ。動機は不純だけれど、出会いとしては上等なものだろう?

それからお互いを知っていって、九喇嘛が人を憎しんでいると聞いた時、そばにいてあげたいと思った。私がもらった愛を、今度は全部九喇嘛にあげられたらって思った。

「ねえ九喇嘛」
「なんだ」
「私にこうやって会ってみて、どう思った?」
「…どうもなにも、それはワシのセリフだろうが。こんな化け物が出て来たら、お前も流石に…」
「九喇嘛は九喇嘛だよ」
「……っけ」

なんて言えばいいか、わからない。ただ彼は彼、私は私。こんなものじゃ思いは変わらない、絶対に。

「ねえ九喇嘛」
「またか…」
「好きだよ」

今なら言える。今しか言えない。そう思って呟くと、九喇嘛はなにも言わず黙ってしまった。

「私ね、本気で九喇嘛がすき」
「………」
「九喇嘛がどう思っているかは知らないけれど、私は今こうやってあなたに出会って、それでも好きだって思った」
「…………」
「あなたが愛に飢えるなら、私にそれを与えさせて…」
「……………」
「お願い……九喇嘛、返事をちょうだい…っ」

最後の方、声は震えていた。
自分でもどうしようもなかったんだ。

この恋に答えはあるの?

ゴールはどこ?

正義や真実は?

何が悪で偽り?

何もわからない。
なんで私、こんな不器用に恋なんてしてるんだろう。

返事なんて本当に欲しかったのか。
何も言わない彼に否定されてる気持ちになっただけじゃないのか。
私の都合だ、情けない。ずっとずっと苦しいまま。


「本当に、バカだな、名前」
「っ…!!」

静かな声にびくりと肩が揺れる。
声を聞くのがこんなに怖いなんて思いもしなかった。
淡々と吐き出したその言葉の真意は?
私、九喇嘛が言うみたいにバカだから、ちゃんと言ってくれないとわかんないよ。

「それが、今更いうことか」
「私には…重要だから…」
「ワシらに未来はない」
「知ってる…っ」
「もっと、自分のために生きろ、ガキ」
「やだぁ……っ」

私、九喇嘛じゃないと嫌なの。それぐらい好きなの。今更他に好きな人作れなんて絶対無理。こんな寒い日に、寄り添ってくれるあなたが好きなんだよ。

「………名前」
「…なに………っ」
「風邪引く前に帰れ」
「九喇嘛があったかいから大丈夫」
「根拠がねえ」
「絶対にいや!」
「駄々をこねるんじゃねえ!」
「そんなこと言って、離さないのは九喇嘛じゃん!!」
「!!」

分かっていたんだ。
この温もりが私を強くとらえていることを。
彼の尻尾がぎゅーって、甘えたがりの子供みたいに。

「帰れって言うなら…離してよ…」
「……」
「黙んないで…」
「………」
「離さないなら…尻尾じゃなくて、その腕で抱きしめて…」
「それは…ダメだ」
「なんで…」
「ワシの力じゃ、お前を潰しちまうだろう」
「潰していいから…」
「いいわけねえ」
「私、殺されるなら九喇嘛がいい」
「ワシは好きな女を殺して、平静でいられるほどおとなしくねえからなァ」
「また大暴れ…?」
「けっ、笑えねえ」
「あはは………。…へ?」

「ねえ、いま」と彼を見上げると、ばちりと目が合った。
そのままそらすことはなく、徐々に距離は詰まる。
至近距離に彼の顔がある。
うるさいぐらいドキドキしてる。
まるで童話の世界じゃないか。


「九喇嘛…」

触れる毛並みが少しくすぐったくて、愛おしい。離したくないし離して欲しくない。


「もう一回、言って?」


ふわりと雪が舞い降りる。それは私たちの間でしゅわりと溶けた。
なんて儚いのだろう。でもね、多分私たちは雪のようには溶けない。溶けれない。


全てが終わってその後、やっぱり寒いねって笑いあって、私たちはもう一度この雪の日から始めよう。



ー初めましてのあなたと恋をー


by 杏菜