「ふぁー、冷たい…」


カチャカチャと食器がぶつかる。給湯器が修理待ちだから、氷のように冷たい水しか出ない。
今日は一段と冷える、そうニュースキャスターが言っていたけど、本当だった。早くぬくぬくした、あの人がいる部屋に行きたい。


「終わったかー?」
「あと乾燥機かけるだけー」
「んー」


リビングから聞こえる声にホコホコと心があったかくなる。きっとあの部屋はヒーターついてるからあったかいんだろう。

ポチポチとボタンを操作したあと、ぶおーんと乾燥機が動き出したのを確認してから、両手を挙げて大きく伸びをする。


「うーっ、おわったぁー!」
「お疲れー、ありがとなー」


パタパタとゲンマがいる寝室に駆け寄り、その部屋をチラリと覗き込む。おかしなことに、ヒーターはついていなかった。
加えてそこには愛しの人の姿は見当たらず。謎のふわふわのまん丸い物体がでーんと布団の上を陣取っていた。
もぞもぞと動くそれがなんだか愛しくて、背中を撫でながら声をかける。


「ゲンマー」
「んー」
「ふふ、冬眠中?」
「熊かよ、俺は」


ひょっこりと毛布の中から顔を出すゲンマ。じーっとこっちを見つめる仕草が可愛くて、出てきた顔を座ってくしゃりと撫でた。

そのまま少し火照ってほんのりと紅くなっている頬をするりと撫でる。


「うわっ、つめてっ」
「さむかったー」


びっくりしたように眉を顰めるゲンマをクスクスと笑った。猫のようにすり寄ってくるから、手を引っ込めるに引っ込めれず、撫でてと言わんばかりに頬を当ててくるから、はいはい、と言いつつ暖かい頬を堪能する。

嬉しそうに目を細めるもんだから、もう片方の手でその頬を挟んだ。


「つめてー」
「おりゃー」
「やめろー」
「あはは、変な顔」
「誰のせいだよ」


頬を挟まれ、唇が突き出るゲンマ。やめろと力なく抵抗され、こっちは楽しくて仕方がない。
いつももっとシャキッとしているゲンマが、ゆるゆるとされるがままになっていて、もっといじめたい欲が出てくる。


「ん」
「ふにふにだね、頬っぺた」
「マジか。太った感じはねぇんだけどな」
「変わってないから大丈夫」


ゲンマの頬に手を当てているから、じわじわと手に温もりが伝わってくる。人間誰しも、手が温くなったら体全身あったまってるような気分になる。たぶん。

そろそろゲンマも寒くなったかもしれないから、「ヒーターつけてくるね」と言いながら頬を弄る手を止めてぽん、と頭をひと撫でした。


「……」
「っきゃ、!」


しかしそれを遮るように手を取られ、ぐいっと引っ張られ立てなくなる。在ろう事か、さらにグイグイと引っ張られ、私の身体は抵抗なくゲンマのいる毛布の中に引きずり込まれた。


「ゲンマ?」
「こっちの方がいいだろ」


毛布の中で腕も足も回され、離さないとでも言うようにガッチリとホールドされる。苦しいくらい強く抱きしめるもんだから、少し息が苦しくなって、身動いだ。


「息、苦しい」
「……」


ゲンマの胸板をぐっと押した。布団から出るように顔を背けたが、ゲンマは許してくれない。


「っん、ッ!」
「……もっと苦しくさせてやろうか?」
「っあ、ちょ、まっ…!!」


布団の中で組み敷かれる。頭にも腰にも腕を回され、足を絡みとられた。
謎の熱さとうまくできない呼吸。酸素を求めるようにゲンマに抵抗するが、嘲笑うように腕すら絡め取られ、熱い唇が降ってくる。

ちゅ、ちゅ、と可愛らしいリップ音が布団の中に篭る。次第に酸素が欠乏していき、ぼーっとする頭の中でゲンマを感じていた。


(あつい、)


酸素を求めて開いた口の中に舌をねじ込まれ、逃がさないと言うように頭を掴まれ、戸惑う私の舌を追いかけてくる。


「っ、ふ、ぅあ…」
「ん、っ…」


粘膜が絡み合う音も、ゲンマの浅い呼吸も、体を蕩けさせるには十分すぎた。わずかに汗ばんできた肌に手を添えられ、全身が性感帯になったみたいにピクリと反応した。


「ゲン、ま、ぁ、…」
「ん、…は、名前、」
「んん、…ッ、」


浅い息がかかるたびにゲンマの色気に飲まれていく。息が止まるほど求められ、喘ぎ声とともに酸素だけがどんどんと無くなっていく。苦しさで生理的な涙が目尻から溢れていった。

布団の中に僅かに入ってくる光で、ゲンマを見つめた。欲情した雄の笑った顔に頭の中で警報が鳴る。

やばい、コレは。


「っゲン、〜〜ッ!」
「ん、…やめねぇぞ」
「ばかっ、明日任っ、!」


こういう時のゲンマは、控えめに言ってドSだ。制御できない。そしてそう言う日の翌日は絶対と言っていいほど、私の家事に支障をきたす。物理的に。


「明日任務でしょ!?」
「午後からだ」
「明日はお買い物行かなきゃダメなの、!」
「午前なら俺が連れてってやる」
「掃除だってしたいし…!」
「明日1日くらい大丈夫だ」
「ご飯作れなくなっちゃうから…!」
「俺が手伝ってやるよ」
「だから、「名前」


諦めろ。


そう言って唇を落とすゲンマ。離れた唇とともにばさっと布団が剥ぎ取られる音がして、冷気が体を包んだ。火照った体にはちょうどいい。

ニヤリと笑うゲンマに、完全に負けた私は、降参、の言葉と同時に腕を首に回した。



君の棲む温かい冬
(いつか子供が生まれたら、春は桜苑で飯食って、夏は木の葉祭りの花火大会だろ?んでもって、秋は梨狩りに行って、冬は湯の国で温泉行こうな)
(ふふ、子供に教えたいところが多すぎるね)
(いろんなとこ行ったからな)
(全部回ろう、ゲンマと行った場所は、全部宝物だから)


、あなたとずっと


by カメ子