「ほんっとーーーうにっ、すまなかった…!!」
「そ、そんなっ、頭を上げてください、柱間様、」


時刻は午後3時。私は玄関口で、里の長である千手柱間様に土下座の勢いで謝られていた。烏滸がましいことに、現在進行形でお付き合いをさせていただいている。


「この埋め合わせは必ずする!」
「わ、わたしが、勝手に言った、ことですから…そんなお気になさらなくてもいいですよ」


今日は、十月二十四日。昨日は、柱間様のお誕生日だったから、お願いをして、忙しい柱間様に時間を取ってもらえるようにした、けれど…。


「しんっじられません!!!見損ないました!!!」
「ミトちゃん、柱間様もお疲れなんだから、」
「他の女と遊ぶ元気はあるんですね!!」
「〜〜っすまんかった…ッ!!!」


夕方に、大量のお酒を持ったマダラ様が柱間様を訪ねたらしく、火影邸でどんちゃん騒ぎをしていたらしい。そしたらマダラ様があらかじめ呼んでいた遊女も来て、誕生日会をなさってた。
お酒に酔った柱間様は、すっかりわたしのお願いを忘れてしまったそうで。

約束の時間が過ぎてもなかなか来られない柱間様が心配になり、ばったり出会った任務帰りのイズナくんと火影邸に向かったら、そこはもう宴会場のように賑やかで。


『アッハッハ!!よいぞよいぞぉ〜っ!』
『は、しらま、様…』
『……なにしてんの』
『んー?おぉ、名前か!主も一緒に飲もうぞぉ〜』
『……いえ、その、……』


煌びやかな着物を着た艶やかな女性に囲まれている真っ赤な顔の柱間様とマダラ様。かくいう私は、彼女たちとは見劣りしかしない地味な着物とお化粧で、今この場に立っていることを恥じてしまうほど。


『わたしは、良いですから、…楽しんでくださいね、柱間様』
『っありえないんだけど、名前との約束『イズナくん』

『…いいの、』
『〜〜っ、』


柱間様の隣に肩を寄せて座る遊女さんが、とても綺麗に笑った。
こんなに綺麗な人がお酌をしてくれるのだ、私なんかよりも、柱間様も素敵な誕生日にしてくれるんだろう。

断りを入れた私を見てイズナくんの声色が変わったけれど、ニコリと彼に微笑み言葉を告げた。腑に落ちない表情で眉に皺を寄せるイズナくん。


『??そうか?ならイズナはどうぞぉ〜?』
『……帰る』


何も言わずに部屋を出る時、そんな声を背中で聞きながら、鼻の奥がツンとするのを上を向いてごまかした。
楽しんでください、とは言ったけど、ショックが大き過ぎて、うまく笑えたかわからなかった。
帰り道は、気を使ってくれたイズナくんが一緒に帰ってくれた。


『名前は優しすぎ。あれは怒ってよかったよ』
『…柱間様、楽しそうだったから、』
『俺が気にくわないんだけど』
『ありがとう、…イズナくんは、優しいね』
『……準備とか、してたんでしょ?』
『…もう必要のないものだから、捨ててしまいましょうかね、』


柄にもなく緊張していたから、初めて家中を飾り付け、綺麗に仕上がるまで何回もケーキを焼きなおした。足りなくなったらダメだから、一月前からなにを作るか計画して、材料を揃えて、ほぼ徹夜で料理を作った。
できることは全てやりきった。だから、頑張ったと自分でも思った分だけ、うまくいかなかった時の反動に、心が痛くなった。
ただ、自分で勝手に行ったことに、勝手にショックを受けているだけなのに。


『っ、……』
『名前、』


私が、もっと、あの女性たちみたいに美しくて、綺麗で、艶やかだったら。もっとあの方に釣り合うほど、強かだったら。

ポタリポタリと、考えれば考えるほど、涙が溢れて止まらない。何回も袖で目を拭ったけれど、じわじわと溢れてくる。
止まって、お願い。何回そう呟いても、止まってくれなかった。


『そんなに擦ったら、あとがつくよ』
『イ、ズナ、くん…』
『……今から、時間空いてるよね?』
『?』


「顔を上げてください、柱間様」
「名前…」
「申し訳ありません、マダラ様がお祝いされるとわかっていれば、日をずらせたのに、」
「違う!名前は悪くない!俺が馬鹿な真似をしなければ…ッ!」
「せっかくのお誕生日なんです、私じゃ、見劣りしたでしょう…?」
「っ、」
「名前……」


自分で言って、また勝手に傷ついた。わかっている。美しくもなく、強くもなく、むしろ他者よりも劣っている私が、柱間様の隣に並ぶことができる権利を持っていることが、どれほど奇跡に近いだなんて。
私はただ、勝手に芽生えた、彼のために何かしたいという自分のエゴを、押し付けようとしていた。だから、私が傷つくなんて、本当は間違っている。


「名前、違う、お前は、「名前〜〜っ!」


いきなり視界に入ってきた藍色。そして吹っ飛ばされた柱間様。いきなりの出来事に唖然としていたら、ニコニコと素敵な笑顔で微笑むイズナくんの姿が視界に入った。

今日も素敵な笑顔だね。いつもならそう言っていたが、吹っ飛ばされ尻餅をついた柱間様を見て、それどころじゃなかった。


「はっはははは柱間様ッ!?」
「イ…イズナ……」
「名前名前っ!」


柱間様に駆け寄る私の腕を掴み、ニコニコと楽しそうな表情で私の手をぎゅっと握るイズナくん。


「イズナくんっ、!?」
「ねぇ、昨日食べた南瓜のシチューは次いつ作るの?」
「かっ、かぼちゃ…ッ!?」
「あ!あと栗のケーキ!あれ美味しかった〜、もう残ってないの?」
「え、あ、あれは、失敗したやつも、全部イズナくんが食べちゃって、「えー!!」


台風のようにグイグイといろんな料理名を出すイズナに頭がパンクしそうだった。いきなりどうしたの?という疑問すら出てこない。
本当に、何が起こっているのか。


「あの梨のタルト?初めて作ったんだよね?もうあれが忘れられなくてさ!また作ってよ!」
「えっと、い、いいよ…?」
「やったー!」
「まっ、待てイズナよ!!」


焦ったように声をかけた柱間様。しかしイズナくんは、そんな柱間様を見て、とても冷徹な表情と声色で、「あぁ、いたの」と言った。
あまりの変わりようについていけない。いつも可愛いと思っていたイズナくんが、初めて怖いと思った。


「なっ、なんのことぞ!昨日イズナは任務のはずぞ!」
「昨日?名前の家で、晩御飯をご馳走になってただけだよ?二人で」
「ふっふふふたりきりだと!?」
「イズナ、くん…?」


そのままイズナくんは、昨日のことをツラツラと述べて言った。何を食べたから何を話した、何を思ってどういう表情だったか、すべて。
刺々しいイズナくんのいい方に、思わず制止の声をかけた。隣で顔が険しくなっていく柱間様を、見ることができない。


「っ、そんなに傷ついてないですから、柱間様っ、!」
「名前、」
「言えばいいじゃん。ひと月前からずっと準備してたのにそんな約束すら忘れて自分だけが楽しい思いをしてた柱間を見損なったって」
「ちがうよ、イズナくん!」
「挙げ句の果てにほかの女にべったり引っ付かれて鼻の下伸ばして、気持ち悪かったって、本当は顔も見たくないって、言えばいいじゃん」
「〜〜っ、」
「ちがうから、イズナくん…ッ!そんなことないから、!」


ぎゅう、とイズナくんの袖を握った。ちがうよ、と何回も訴えたけど、イズナくんは止まらない。
トドメを刺すように、表情を無くしたイズナくんは、静かな声でつぶやいた。


「いつまでも、そばにいてくれると思わないほうがいいよ」


誰かに掻っ攫われてもしらないよ?


嘲笑うようにそう言ったイズナくん。その表情も、声も何もかもが怖くて、ふるりと体が震えた。

その時、イズナくんを掴んでいた手が外力によって引き剥がされた。後ろに傾くバランスが崩れた体は、暖かい何かによって包まれる。


「…名前は、渡さん」
「…ははっ、怖い顔。」
「は、しらま、様…」
「名前だけは、…」


後ろから耳元で聞こえた声に、ドキドキと心臓が騒ぎ出す。こんな焦った柱間様は、初めてだった。

ぐいっとさらに引っ張られ、抱きすくめられたまま、有無を言わせず玄関を開け、私とともに家に転がり込む柱間様。ぴしゃん、と閉じられたドアと、飾り付けを纏めて置いた袋が目に入ると、さらに心拍数は上がり出す。


「………」
「名前、」
「柱間様…」
「俺が、嫌いになったか…?」
「っそんな、まさか、」


肩口にグリグリと顔を押し付ける柱間様。しおらしいその姿を見ているとギュッと胸が締め付けられる。


「こんなことを言っても、説得力がないかもしれんが、」


そう断りを入れた柱間様。ぎゅう、と抱きしめられる力が強くなる。


「好きだ」
「え?」
「愛してる」
「あ、あの…」
「俺には、名前がいないとダメだ」
「柱間、さま、」
「どこにもいかないでくれ、」
「〜〜っ、」


消え入りそうな声で、懇願するように何度も言葉を紡ぐ柱間様。何度も名前を呼ばれ、愛を囁かれ、キスをするように首元に口を這わせるそんな行動に、私の体はどんどんと熱を持っていく。


「柱間様…」
「名前の、気持ちは、なんぞ」
「え、」
「俺のこと、どう思っている」


聞かれた質問にもどきりとしたが、何より、私を抱きしめる手が震えていることに驚きを隠せなかった。あの柱間様が、忍の神とも謳われる、里をまとめる強い柱間様が、


(怯えてる…)

「…とても、悲しかったです」
「………」
「あの女性のように、綺麗でもない私が、柱間様の隣に並ぶなんて、初めから可笑しかった、そう思いました」
「………」
「私なんかよりも、あの方たちの方が、もっと、柱間様を楽しませれる、そう思うと、私がやったことが、バカみたいで、…とても、苦しくなりました」


綺麗でも、強かでもない。弱気で、はっきり物事を言えなくて、いつも自信がない。だから、あなたの誕生日に、私が隣にいることができないなんて、何もおかしくない。
でも、やっぱり、柱間様が生まれたとても大切な日に、たった一言、言えなかったことが、一番苦しかった。

抱えてきた思いを、すべて口に出した。柱間様は何も言わなかった。ただ震える手で抱きしめる力を強くした。


「…お慕い申しております、柱間様…」
「名前、」
「こんな私でも、柱間様を思う気持ちは、誰にも負けません、」
「………」
「…だから、お願いです、柱間様…」


もう一度、愛してると、言ってください。


ポタポタと、枯れたと思った涙がまた零れ出した。好きで好きで堪らない。腕にかかる長い髪の毛も、私を見つめるまっすぐな視線も、全部愛しくて仕方がない。
する、と柱間様の頬を撫でた。柱間様は、そんな私の手を掴んで、擦り寄るようにキスを落とした。


「愛している」
「…ふふ、」


目を瞑って、言葉の余韻に浸る。離れるなんて、できっこないのに。


(あ、)


その時、柱間様からハラリと落ちた、一枚の赤い紅葉。真っ赤に染まってとても綺麗だったから、それを拾おうと手を伸ばした。

しかし、その手は大きな暖かい手のひらに包まれた。


「えっ、」
「俺から目を離すな」
「っん、」


そのまま腕を引っ張られ、柱間様との距離がゼロになる。唇の熱が伝わってきて、ドキドキと強く緩やかに拍動する心臓。

ゆっくりと離れる唇。少し眉を下げた柱間様が、わずかに口を開いた。


「…もう一度だけ、祝ってくれんか…?」
「……柱間様も、お料理を作るの、一緒に手伝ってくれますか、?」
「!」


パッと明るくなる表情。コロコロと変わるそれに、思わず笑みがこぼれた。

もちろんぞ!

いつもの少し変わった語尾を最後に、再び唇が重なった。


秋の吐息と葉の瞼
(名前が“初めて”作った栗のケーキ、美味しかったなぁー)
(ぐぬぬっ、!!)
(まっ、また作りますからっ、!)
(2日煮込んで蕩けそうなお肉が入ったカボチャのシチューもまた食べたいなぁ〜)
(ぐぬぬぬっ、!!!)
(また作りますからっ、柱間様っ、!!)


by カメ子