「…ふぅ」

今日は月が綺麗だ。
中秋の名月。今日は一年のなかで一番月が明るく美しいとされる日らしい。そんな日に縁側から満月を眺めながら酒を飲む。普段から老け顔だなんだと言われている僕がこういうことをしているとますます年寄りじみて見えるかもしれないけれど、こういう平和な時間が僕に“幸せ”を教えてくれる。

「そんな薄着じゃ、風邪ひくよ」
「お気遣いありがとう。君もどうだい?」

そんな僕に上着を差し出して隣に腰を下ろしたのは、妻の名前。「それじゃあ私も少しだけ」とほろ酔いの僕が酌をする彼女は僕より酒に強い。いつも酔いつぶれた僕を介抱してくれている。いつも僕は支えられてばかりだ。本当に、彼女と結婚できてよかった。

「でも、珍しいね。ヤマトが家でお酒飲むなんて」
「…今日はなんだか飲みたい気分だったんだ。月も綺麗だしね」
「たしかに…綺麗だね」

おちょこを傾けながら月を愛でる彼女の横顔はさながら女神を彷彿とさせる。いや、実際には絶世の美女というわけではないんだけれど。でも僕は彼女の見た目にも内面にも心底惚れているのでそこは大して問題にはならないだろう。

「あの子たちは?」
「今日は二人とも泊りがけで任務だよ。明後日帰還予定だったと思う」
「…そうかい。どうりで家が静かなわけだ」

僕が二十九のときに長男が生まれ、翌年に次男が生まれた。そんな僕も四十を過ぎた。子供たちはまだまだ手がかかるとはいえ日々成長しているし、何より忍の子は成長が早い。僕の中ではついこの間まで赤ん坊だった気がしてるのにもう日を跨ぐ任務に出ているのか。

「…子供たちのこと、いつも任せきりですまない」
「何言ってんの。私は何もしてないんだよ。あの子たちは勝手に成長してくれてるもん」
「そんなことないよ。君がいつも見守ってくれているとわかっているからあの子たちものびのびできるんだよ」
「そうじゃないんだよ。ヤマトが頑張ってるのはみんなわかってる。誰もやりたがらない大蛇丸の監視任務に進んで出てるから帰ってこられないんだってね」
「…それは僕のエゴなんだ。ただの自己満足だよ」

なんでだろう。月を見ながら酒を飲んでいると、普段ならこっぱずかしくて口にできない言葉がすらすらと出てくる。これも月見酒の力なのかな。

「"僕がかつて実験体だったから、僕のような者がでないように。僕のように苦しい悲しい想いをする者がこれ以上生まれないように。僕があの任務を受けようと思う”」
「!」
「監視任務を受けることになったとき、ヤマトそう言ってたよね」
「…あぁ」
「それを聞いてね、私この人と結婚出来て、この人の子供が産めて幸せだなあって思ったよ。あの子たちも、“パパが頑張るから、僕達も頑張る”って口癖みたいに言ってるしね」
「!」
「こんなに優しくて、温かくて、他人のことを無条件に想える人はそういないよ」
「…」
「ましてやヤマトは、生まれたときから私と結婚するまで、家族を知らなかったでしょ?それに暗部として里や人間の嫌な部分や闇の部分や、普通の人なら目を背けたくなるようなことをずっと見てきた。そんな過去を経てきた人に、それを受け止めざるを得なかった人に、なかなかあんな言葉は言えないよ」
「…っ」
「ヤマト」
「!」
「私と結婚してくれて、貴方の子供を産ませてくれて、本当にありがとう」
「…名前」

僕の肩を抱いて優しく髪を撫でながらそう言う名前はやはり女神のような人だ。
そしてきっと、いや絶対かなり酔ってるんだろう僕の頬には、一筋の涙が伝う。彼女の言葉ひとつで、これからも生きて、そして頑張ろうと思えるから不思議だ。

「それから、これだけは忘れないでいてほしいんだけど」
「?」
「…私もあの子たちも、ヤマトのことが大好きよ」
「…っ」

「ありがとう…」
今度は盛大に溢れた涙を、名前は笑って拭った。




by ののめ