突然だが私には思い人がいる。その人は時々店に来る綺麗な金髪をしていて笑顔がふんにゃりした人で名前はタカ丸さんと呼ばれていたような気がする、一緒にいた人達がそう呼んでいた。私は兄弟が多いのでなかなか人前に出ることは少ないのだけれど会う度に素敵な人だと思う。何故なら。普段兄弟と一緒に出れば私だけ扱いにくいと言う理由で指名されず、いつも席で兄弟の仕事ぶりを眺めるばかり、時たま客にお前いらなくね的な事を言われ。オーナーにすら忘れられ出してもらえないと言う時もある。私はこのまま誰の目にもつかなくなって忘れられてしまうのだろうかと思いつつその日も使われることは無いだろうにオーナーの気まぐれで兄弟と同じ席についていた時、その人が来たのだ。タカ丸さんは一番使いやすいし、なんか形が可愛いから好きだと言い私に触れる。可愛いという言い方はしっくりこない、できるならかっこいいの方が…と思ったがこの際どちらでもいい。久しぶりに感じる人の体温にとても嬉しくなる。タカ丸さんはその一回に限らず店に来る度私を選んでくれ、今ではタカ丸さんが来れば決まって私はその席に同行すようになっていて、その日もそれはかわらなく、わいわいと交わされる会話。あの人の周りは毎回賑やかだ。



「タカ丸さんのバナナマフィン美味しそうですね」
「うん。美味しいよー食べてみる?」
「え、いやそう言うわけじゃ、」
「はい。一口あげる」


自分がクリームを口に含んだ後、マフィンとクリームを再びのせタカ丸さんの目の前に座っているやたら髪の毛がボサボサした少年にあーんと言いながら私を向ける。


「あーじゃあ、その、お邪魔しま「ごめん手がすべった」」

「「あ、」」


後数センチと言うところで横から手が伸びてきてタカ丸さんの手とぶつかってしまい、そのせいで私はスルリと手から抜け落ちてしまう。ポトリとなんとも間抜けな音を立て落ちた先はタカ丸さんの膝の上。その瞬間私はあぁ。幸せだと思う。例え食べられる直前で落ちたから自分が今クリームまみれのベトベトで気持ち悪いとしても今この場でタカ丸さん以外の口に入らなかったのならそれはそれでまぁいいか、むしろ回避したのであって今のは私からのちょっとした抵抗でもあったんだ、!ってまてまて、違う断じて変態さんとかそう言うのではないぞ。確かに程よい温かさとふにりとした感触は触り心地がいいが、いや、そうじゃない。膝の上と言うことはまだセーフなんだよ。床に落ちた訳ではないのだし、三秒ルールだ。大丈夫、日頃から無駄に除菌されているのだし、ちょっとやそっとの事であなたの体に害する菌は与えません、それよか使用回数よりはるかに除菌回数の方が多いのですよ。なので服の上におちた位ならまたまだ使えます。あ、なんかコレ自分で言ってて悲しくなったぞ。まぁいいや。それが通じたのかそうじゃないのか、タカ丸さんは私を拾おうと手を伸ばしてくる。あぁ。またあの温かい手で私を持ってくれるのか、そして私はタカ丸さんの口に物を運ぶこれぞ、愛の共同作業。そう。私がいなければこのクリームさんは食べられないのですよ。私万歳。


しかしそれより先に横からゴツくて温かみのない物が伸びてきて私を拾い上げる。
なんだ、いったい誰だ。明らかにタカ丸さんの手ではない。


「一回落ちたのは使うな」
「床に落ちたわけではないし大丈夫だよ?」


そ、そうだそうだ!
私は平気だぞ。
拾い上げたのはタカ丸さんの横にいつも図々しく座っている眉毛が特徴的な、さっき私が落ちる原因になった張本人。この男は家でもちょっとした有名人で毎回無理な注文ばかり言ってきてオーナーも困っていた。なんなんだいったい家は喫茶店なんだよ無駄にこった豆腐料理なんてあるわけ無いだろ!冷や奴が限界だ。そんな野郎に拾われても全然嬉しくもなんともない、早く離してくれ。出来れば机の上。切実に!


「すいませーん。コレ変えてください。」


ってああああ。だめええええ。
待って、待って止めてくれえええっ!私はまだ使える。上の期待とは裏腹に高々と私を天井に近づけ、にっこり笑う男の表情にこれ以上の事はないぐらいムカついた。なんだそのしてやったりみたいな顔は喧嘩売ってんのか、私の考えがまさか分かってしまったとかじゃないだろうな。くそ何様だ、人間様気取りか!あ…気取りじゃなくて。人間なのか彼は。あがけどもあがけどもそんな人間様に私の気持ちは伝わるはずもなく、私自身動くこともできないのでいくら思っても私の言うことが叶うことはない。オーナーのお待たせしましたと言う声がし、このにっくき男の手によって渡される。あぁ、もう少しタカ丸さんに使ってもらいたかった。






その瞬間私は思うアナタに触れる事ができる手があったのなら。見つめる事が共に視点を通わせることができる目があっのなら。一緒に歩く事ができる足を持っていたのなら。意志を告げる口が、声帯があったのなら。この状況は変わったのだろうかと。少なくとも意識はしてもらえたのでは、ありもしない考えを…。私がここで何を考えようが状況は変わらないし人間からしたらそんな事ができる食器なんて気持ち悪いだけなのだろうけど。それでも私は毎回感じる手の暖かみですべて満足してしまうのだ。いろんな客から単語として聞いたことはあってもその感情自体は分からない、それに私は食器だから使ってもらうことが存在意義。人に使われることで私は満足だ。そして私の場合その対象がタカ丸さんと言う人物に特定されてるだけの事。



その手のひらはとても優しく温かく


それは時に残酷だ。
早く明日になあーれー!








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