瀕死の鉢屋三郎が忍術学園に運びこまれたのは、夜も更けたある新月の日だった。









三郎が目を覚まさなくなって早5日、八左ェ門は兵助、勘衛門の二人を連れて三郎の部屋を訪れていた。
目の前には白い包帯を身体中に巻き、昏々と眠り続ける親友の姿。


5日前、三郎は朝から『おつかい』に行っていた。この学園での『おつかい』が決して穏やかな意味を持たないことを知っている八左ェ門たちは、だがしかし誰一人として不安な気持ちなど持ち合わせていなかった。
心配こそすれ不安などない。なぜなら相手があの鉢屋三郎だから。
たとえ『おつかい』の内容が自分たち五年生にはまだ早く、とても難しいものだとしても。
天才の名を欲しいままにしている彼ならば、と誇らしげに彼を見送ったのはまだ記憶に新しい事だった。




なのに、


「早く目ぇ覚ませよ・・・」





ブロの忍者がいたらしい。それも一人ではなく何人も。
先生たちも、命あるまま戻って来れたことが奇跡だと、そう言う程に。

兵助も勘衛門も悲痛な面持ちで三郎を見つめている。この5日、三人はろくに眠れていなかったために六年の某先輩なみの隈が目許にくっきりと刻まれていた。

沈黙が支配していたそれを破ったのは、兵助の静かな一言であった。


「はち・・・・・雷蔵はどうした?」
「・・・・・・・・・・」
兵助の問いに八左ェ門は押し黙った。
そう、今ここに・・・・眠り続ける三郎の傍に、恋仲であるはずの雷蔵の姿だけがなかったのだ。
答えを待つ二人に八左ェ門は重い口をひらいた。
「いつも・・・通りだよ・・・・・」その一言で二人は理解したようだった。

三郎が担ぎ込まれてから今日まで、雷蔵はこの部屋に一度も訪れてはいない。
そして













三郎の心配など一切していないかのように、毎日を普通にすごしているのだ。






三郎が担ぎ込まれた時、真っ先に取り乱すのは雷蔵だと誰もが思った。
だが彼は、その日の夜に一晩中三郎に付いていたかと思うと、次の日にはなんら変わりなく日々を過ごし始めた。
そして三郎の元を訪れる事もしなかった。

もちろん三人は信じられない思いで雷蔵に問うたのだ。
何故三郎の傍にいてやらないのか、
お前たちは恋仲なのではなかったのか、と

その問いに雷蔵は柔らかく微笑むだけで、答えようとはしなかった。


それから今日までに至るわけだが・・・・


「俺ちょっと、水もらってくるわ」

思考を打ち切るように八左ェ門が言いながら立ち上がる。
三郎が目を覚ましたときにすぐに飲めるように。
い組の二人に三郎を任せ食堂に行くべく部屋を出た。

そして少し歩いた所で、本を顔の位置まで抱えながらやってくる濃紺の制服を見つけて足を止める。

「あ、はち」
「雷蔵・・・・・・」
本を抱えた人物、雷蔵が本の横から八左ェ門を見た。その顔は八左ェ門たちとは違い、血色のいい至って普段通りの様子だった。

委員会の途中なのだろう。抱えた本が随分重そうだ。
そんなことを頭の端に思いながら、












八左ェ門は雷蔵の頬を思いっきり殴っていた。













「いっ・・・・つ」
いきなりのことで受け身も取れなかった雷蔵が、したたかにうちつけた体と殴られた頬の痛みに眉をしかめさせる。
途端、襟を掴まれ至近距離で八左ェ門と見つめ合う格好となった。

その目には色濃い疲労と、それを上回る怒りが滲み出ていた。

ぎり、と歯を食いしばる音。
次いで、「・・・・・んで・・・」
地を這うような低く、恐ろしいまでの静かな声。


あぁ、これは本気で怒っているなと雷蔵は思った。
太陽のような明るい彼を自分はここまで怒らせてしまったのだと、どこか違うところで他人事のように考えた。
殴られた痛みなどないかのように雷蔵は八左ェ門を見上げる。

「なんで・・・・三郎の、傍にいてやらない・・・!お前は・・・三郎の恋人じゃ、ないのか・・・・!三郎が・・・・心配じゃ・・・ないのか・・・・・」

雷蔵の目をひたと捉えながら八左ェ門が言う。
「雷蔵にとって三郎は、その程度の存在なのか・・・!」
歯を食いしばりながら言葉を紡ぐ八左ェ門に、雷蔵は目を逸らさず静かに答えた。

「・・・・・・僕にとって三郎は僕の半身そのものだよ・・・」「ならなんで!!!!」
「今僕がやるべき事が、僕たちがいなくなってもなんの支障もないようにすることだからさ」
その言葉に八左ェ門は目を見開き、ぴたりと止まった。
「・・・・・・・・・・・どういう事だ・・・・・」

「三郎の学園での仕事と僕の仕事を片付けているんだよ」「そういう事じゃねぇ!!!!!」
八左ェ門が激昂する。
「お前は!!三郎が生きる事を望んでないのか!!!」
「三郎が生きようが死のうが関係ない」
「な・・・・!」
「なぜなら三郎が在るところに僕が在るから、三郎が死ぬなら僕も死ぬだけだ。」
今度こそ、八左ェ門が凍りつく。
何か言わなければと思いながらも口から出るのは意味をなさない空気ばかり。
そんな八左ェ門に雷蔵は問いかける。いつもと同じ柔らかな笑みで。

「ねぇ、八左。君は自分の右半分をえぐり取られても尚、生き続けようと思うかい?」













それから2日後、鉢屋三郎は無事目を覚ました。
長い間眠っていたので体力は落ちていたが、それ以外はこれといった障害は見られなかった。
委員会のために少し遅れて三郎を見舞った八左ェ門が見たのは、布団の上に座る三郎を後ろから抱きしめ、もたれさせている雷蔵の姿。
三郎の肩に顔を埋めているため表情まではわからなかったが。
そしてその足元で兵助と勘衛門がとても安らかに寝息をたてていた。
兵助と勘衛門は安心して気が抜けたのだろう。
(雷蔵は・・・・)
自分がいることには気がついているのだろう。
三郎の部屋に入り、自分と三郎が会話をしている際に抱きしめている手に力が僅かに籠もったのを見逃さなかったから。
だがあえて声をかけることはしない。
三郎と一言、二言話したあとで委員会に戻るため部屋を出た。

(・・・・・・やり残した事をやる必要が無くなったってわけか・・・・・・・・)

雷蔵が三郎の傍にいるということは、そういうことだ。
はぁー、と深い溜め息をつく。
今回は雷蔵だったがきっと三郎も同じことをするのだろう、と三郎が目覚めたうれしさの隅で憂鬱な考えが首をもたげた。



願わくば。




この忍という闇の世界で、同時に二人の親友を奪うようなことはしないでくれ。



青く晴れ渡った空を仰ぎ見ながら、八左ェ門は信じてもいない神に祈ることしか出来なかった。








右半分





400hitリクエストで雷鉢シリアスでした。やくも様のみお持ち帰り下さい。
本当に遅くなってしまい申し訳ありません!しかも雷鉢なのに三郎一言も喋ってないΣ( ̄□ ̄)!もちろん返品可能ですので!
やくも様ありがとうございました!
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