帰ろう







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米花町のある一角。住宅地内にあるあきらかに他とは一線を違える、一種異様とも言える外観のお屋敷。近所の子供たちから『お化け屋敷』と不名誉な名を頂いた、某世界的有名作家と、同じく元世界的有名女優の邸宅の、これまた両親に引けを取らないほどに有名な一人息子の名探偵の自室。
平和の字が如く静かな住宅地に似つかわしい静けさのその一室は、だがしかしのどかとは言い難い絶対零度の重い雰囲気に包まれていた。
「・・・・ごめんね・・・」
ぽつりと、静かにこぼされた謝罪。
上半身をベッドヘッドにもたれかけさせ、黒羽快斗はこの寝台の主でもある青年を見やった。
「・・・・・・・・」
真一文字に引き結ばれた口は開くことなく、蒼く引き込まれそうなほどに綺麗な瞳は快斗から逸らされたまま、再び沈黙が落ちる。
彼−希代の名探偵、工藤新一をここまで不機嫌にさせたのは怪盗キッドである自分のせい。
それをわかっているからこそ、快斗はそれ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。知らず小さな吐息がこぼれおちる。


(やっぱり・・・迷惑・・・だったよな・・・)


彼がまだ小学生の体を余儀なくされてた頃、一つの強大な組織が壊滅した。彼と隣家の小さな科学者と、そして人知れず彼らの手となり足となった怪盗の手によって。
それからだ。彼らとの間に信頼とも呼べる関係が築かれ続け、終いには決して自分の領域に他人(隣家の両名は例外)を踏み込ませない当の名探偵から、一緒に住めとの命令が出るほどにまで至ったのは。
名探偵が元の姿を取り戻してからもそれは変わらなかったが、只一貫して怪盗は自分の問題に彼らを巻き込もうとはしなかった。探偵と科学者がどんなに募っても決して許さなかったのだ。その分新一が怪盗の現場または中継地点に来るようになったので、良かったのか悪かったのかは少々疑問なのだが。
そんな中で今回の事が起こった。
平たく言えば怪盗キッドが撃たれたのだ。彼の敵対する組織の連中によって。
油断をしたつもりはなかった。
だが如何せん狙われていたのが自分ではなくその周りにいた、中森警部や倫敦の探偵やらだった。


(奴らも・・・怪盗キッドの性格をよくご存知のようだ)


案の定、彼らを守るために罠だと知りつつも空を駆るしかなかった。警察のヘリをジャックでもしたのか、執拗に追いかけてくる銃弾。命中はしないものの白い戦闘服には少しずつ赤が散らばるようになってきた。
この先の中継地点で片を付けようと目をやった刹那。
自分の甘さを全力で呪った。
(しん・・・いち・・っ)
彼が、真実のみを追い求めるその蒼い瞳がこちらをひたと睨みつけていた。
つ、と背筋を冷や汗が流れる。
彼が今の自分の状況を理解出来ない筈がない。
その証拠に視線は自分とヘリとを行き来しているのだから。
駄目だと思った。彼を巻き込んでは、駄目だと。彼に手を貸したのも彼のこちらへの関与を是としなかったのも。
惹かれていたのだ。どうしようもないほどに。あの不釣り合いな体で、それでも前に進む眩しいほどのその存在に。
だから手を取らなかったのに。
今、その彼に自分が敵を率いて向かっている。
彼もまた隠れる事などせずにこれを迎え撃とうとしていた。
危険だ、と全身が警鐘を鳴らしている。
わかっている、わかってはいるのだが。
「キッド・・・!?」
方向転換をした刹那聞こえてきた驚愕の声。
それと同時に襲ってきた腹部への衝撃と灼熱の激痛。
撃たれた、と理解した時には既に彼から遠く離れていて。
執拗なまでに追ってきていた連中も長く持たないと判断したのか、暫くして去っていった。

それからの記憶は酷く曖昧で、とにかく彼から遠く離れて人気のないところを念頭に飛び続けた。(確か最後に見たのがクローバーが沢山生えてる風景だったんだけど・・・)
目が覚めると最初に飛び込んできたのは見慣れた、けれど自分ちとは違う天井。
そして隣家の少女となんとしてでも巻き込まないと決めた絶対無二のひと。
何故と思う間もなく傍らの少女−灰原哀が説明してくれた。
曰わく、自分は名探偵の手によって探し出され、そしてこの小さな科学者の手によって救われたらしい。三日三晩意識不明だったとも。
それだけを言いおいて帰って行った少女に感謝と謝罪を述べて寝台の傍らで椅子に腰掛ける名探偵に目を向ける。
「あの、ありがとう・・・新一」
「・・・・・・・・・」
返事がないので聞こえなかったのかと、上半身を起こし顔をよく見ようとした。

「・・・・・・・・・っ」

途端に逸らされた横顔を快斗は呆然と見つめる。
「しんいち・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・」
やはり返らない返事に快斗は途方にくれるしかなく、冒頭のような重い雰囲気のまま時は過ぎていった。
新一は未だに一言も発することなく、そんな彼に快斗は意を決して声をかけた。
「新一・・・迷惑、かけてごめんな・・・それとありがとう、助けてくれて。」
「・・・・・・・・・・」
やっぱり返事もないまま、それでも快斗は続ける。
「なぁ、新一。・・・お前もう、キッドの現場には来るなよ・・・。」
その言葉に、新一は逸らしていた顔を勢いよく戻し、瞠目しながら快斗を見つめた。
その瞳が自分を映しているという事実に場にそぐわず嬉しくなる。
相好を崩しながらとんでもない事を言う目の前の人物に、漸く新一は重い口を開いた。
「ど・・・いう・・意味だ・・・・」
「そのまんまの意味」
間髪入れずに返された言葉に新一の眉間の皺が濃くなっていった。














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