空高編


第3章 神子と双子と襲撃



一体何が起きているのか、理解するのに少し時間を要した。
黒い光が渦巻くと、木の破片やら、草木やら、ありとあらゆるものがその小さな光の中に吸い込まれていく。
その光を呆然と眺めていると、ふわりと翼の身体が宙に浮かんだ。
あれはありとあらゆるものを吸い込む異様な力であり、身体がその光へと吸い込まれていっているのだと気付いた時、光へと向かう身体を蔦がぐるぐると翼を絡め取る。

「翼!何ぼーっとしてんのさ!」
「ら、羅繻…殿…」

羅繻の蔓が翼の身体を何とか吸い込まれないように支えているが、ぶちぶちと厭な音がするのが翼の耳ではっきりと聞き取ることが出来た。

「させ、ない。」

青烏が、呟く。
黒い光が一つ、また一つと数が徐々に増していって、その黒い光は翼たちを吸い込もうとしているのか、その光に身体が引かれていく。
雷希とアエルは床に剣を突き立てて、その身が飛ばされないように堪えている。
羅繻は己の足を根のように変えて床と同化し、そのまま死燐をしっかりと抱きしめるような形で受け止めていた。
その中で、ふわりと身体を浮かせている者達が三人。

「鴈寿!修院!閃叉!」

無色の声が響く。
蔓で身を縛られ、身動きが取れない三人は縛られたまま身体を宙へ浮かせていた。
三人に手を伸ばしたくても無色から三人まで距離はあるし、無色自身も、刃に変えた己の腕を床に突き立てることで、なんとか吸い込まれないようにしていた。
腕を伸ばしたら、四人共々吸い込まれてしまう。
その時、床から伸びた木の枝が三人の胴体にぐるりと巻き付き、三人が吸い込まれて行くのを防いだ。
その木の枝を伸ばしたのは、羅繻。
しかし自分の足と、彼等三人と、翼と、あまりに多くの者を吸い込まれないようにするために植物を出し過ぎた羅繻は、集中力が三方向に散ってしまっていた。
故に、ぎちぎちと翼に絡みつく蔓が、軋む。
このままでは、千切れる。
その時、再び周囲に異変が起きた。
ぽつぽつと濡れるような感覚で、翼は顔をあげる。
気付けば空はどんよりと重い雲に覆われていて、その厚い灰色の雲から雨が降り出して来たのだ。
雨は徐々に強さを増していき、風が吹き荒れ、風雨の勢いに青烏は目を細める。
彼が目を細め、集中力が乱れた時、黒い光も弱まった。
その光が弱まったと同時に、蔓は一気に翼の身体を引き寄せ、家の中で尻もちをつく形で倒れる。
木の枝で絡められた三人も、屋内へとなんとか引き込んだ。

「あっぶな…冷や冷やしたぁ…」
「す、すまない、助かった…しかし、今のは…」

翼が顔をあげると、その風雨は更に激しさを増している。
先程まで雨の気配は微塵も感じられなかったのに、と不思議に思っていると、その雨の中先陣を切って走っていく姿があった。


第47晶 一時休戦


「無焚、殿…?」

無焚は雨の中、青烏にその刃を向けていた。
青烏は無焚の手にあるナイフを刀で受け止めるが、その動きは何処かぎこちない。
激しく吹き荒れる雨風で視界がぼやけ、さらに地面は濡れて泥と化している、それ故に彼の身動きが不自由になっているのだ。
それに比べて、無焚の動きは寧ろ軽やかで、慣れていると言っても過言ではない。

「無焚さんは、雨が多く降る弥瀬地の出身。雨の中、動き回るのに慣れてるんだろうな。」

翼の疑問を的確に理解しているように、死燐が言葉を付け足す。
無焚は泥を蹴り上げ、蹴り上げられた泥は宙を舞って青烏の顔面へとかかる。
動きが停止した一瞬を見逃さなかった無焚は、青烏を蹴り飛ばした。
細い体躯は宙を舞って、泥の中へと落下する。

「あれが、五番目の能力ですか。」

そして、無色は独り言のように呟く。

「天気を操る力…とは、聞いたことがありますが…まさか本当に操れるとは…」
「え、あれは意図的に操っているのか?!」

無色の言葉に、翼は驚くように振り向いて質問を投げかける。
何も知らない様子の翼に、呆れるように無色は溜息をついた。

「こんな都合よく雨風が来る訳ないでしょう?彼が操っているという理由以外に何があるんです。それに、五番目の八代神は天気を生み出した神…此処まで言えば、わかるでしょう?」
「…うむ、わかったような、わからないような…」

頭を抱えて悩む翼に一同が溜息をつきながら、死燐は無色を見た。

「…あの男、吸い込む対象としては翼を狙っていたけど、間違いなく、お前たちにも容赦をしていなかったぞ。」

無色は、無言で死燐を見る。
しかしその瞳は否定をしている訳ではなく、まるで肯定しているような、その発言の意味を理解しているような、そんな瞳だった。
しかし、木の枝でぐるりと絡めとられていた三人は、特に否定することが出来なかっただろう。
事実、翼もろとも三人は吸い込まれかけたのだから。
そして、羅繻があそこで三人を助けるという選択を取っていなければ、自分たちはあの黒い光の中に吸い込まれていたのかもしれない。

「そう、ですね…否定できません。」
「鴈寿?!」

鴈寿の言葉に、修院は信じたくはないというような目で鴈寿に訴えかける。
吸い込まれかけたのはたまたまで、翼を殺めようと無我夢中になっているだけで、ただ、ただ偶然だったのだと、修院はそう思っていたのだろう。
けれど、彼のその想いを叩き潰したのは羅繻だった。

「でも、君たち現に吸い込まれかけたでしょ?僕が助けてあげなかったらどうなってたか、莫迦じゃないんだからわかるでしょう?いくら翼のことで夢中だったっていっても、そこまで配慮出来ないなんて…君たちがどうなっても構わないってことでしょう?」

羅繻が遠慮なく、笑顔のまま、修院の目を見つめてその現実を提示する。
死燐は静かに羅繻の名を呼び静止を呼びかけたが、修院は黒い瞳を、少し、悲しそうに伏せた。

「貴方がそんな顔をするなんて、珍しいですね、修院。特殊部隊は足手纏いを切り捨てる、よくある話じゃないですか。青烏の闘いにおいて、貴方達は切り捨てるべき足手纏いだった、それだけですよ。」

かつて足手纏いの烙印を押され、切り捨てられたアエルの言葉はずしりと胸にのしかかる重みがあった。
切り捨てられた彼だからこそ、切り捨てた青烏の心情を察することが出来るのか、それとも青烏の相方を務めていたからこそ、その心情を察することが出来るのか。
恐らく理由は前者だろう。青烏の相方を務めていたからこそ察するには、アエルにとって今無焚と刃を交える青烏はあまりにも別人過ぎていた。

「貴方の言葉は説得力がありますね。耳が痛い。」

鴈寿は自嘲染みた笑みを浮かべる。
彼を切り捨て、容赦なく刃を向けたのは鴈寿本人だ。
自分が切り捨てた相手に、自分たちもまた、切り捨てられたことを宣告されたのだから、自棄になるのも無理はない。

「我々は最早、戦っている場合ではないと思います。翼…否、青烏は容赦なく、翼を狙いますし、我々とて容赦をせずに彼は殺すかもしれません。貴方たちをこのまま縛ったまま、無色様を拘束して青烏一人を我々だけで戦うのもまた悪くはない話なのかもしれませんが、共倒れしてしまう恐れもあります。共倒れは望ましくありません。」

そこで、です。とアエルは言葉を付けたした。

「我々と共に一時休戦をして青烏の暴走を止めるか、今ここで共倒れのリスクがある争いを続けるか、ということになるのですが…さて、鴈寿様や無色様は聡明な方ですので、私の望む結果を選んでくださると思うのですが。」

にこりと、アエルは笑みを浮かべる。
その心に秘めた思惑は鴈寿にとって読み取ることは容易ではあるが、それ故に忌々しいとすら思っていた。
アエルと鴈寿は、異能の力としては似た能力を持っている。
故に己の能力がどれだけ厄介なのかも互いに理解しているからこそ、鴈寿は、都木宮アエルのことは苦手だった。
深く、溜息をつく。

「…無色さん。」

そして、無色の名を呼んだ。
名を呼ぶことに、何の意が込められているのか、無色も察しているようだった。

「非常に癪ですが、アエルの言っている通り…ですよね。」
「そうですね、共倒れは御免ですし、何より、我々には果たさねばならぬこともある。…故に、無用なリスクは避けたい。」

無色は翼へと向き直ると、彼の空色の瞳を見つめる。
何処までも澄んだ青空の色。光り輝くそれは眩しすぎて、無色は思わず目を細めた。

「一時休戦です。まずは彼を、止めましょう。」

その言葉に、翼は深く頷いた。

 


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